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しっかりした高い目標を掲げれば実現への道はやがて拓ける国立天文台 教授 家 正則

最も遠い銀河の探査と宇宙の夜明けの発見

 望遠鏡が1999年に完成し,合計8台の観測装置も2002年には全部動き始めました。すばる望遠鏡計画を始めたチームの中では私が一番若かったので,完成後にすばる望遠鏡を使った観測的研究を行う機会が10年ぐらいあったのは幸いでした。おかげさまで,宇宙で一番遠い銀河を後輩達と見つけて2006年に世界記録を立て,「ネイチャー(Nature)」誌に論文を発表して大変話題になり,過分な賞をいくつも頂きました。世界記録競争自体も,抜きつ,抜かれつ,の繰り返しで,スリル満点ですが,学術的にはこの一連の研究で,銀河がたくさん生まれた「宇宙の夜明け」と呼ばれる時代が実際にはいつだったのかを,特定できたことが大きかったと思っています。
すばる望遠鏡で発見した距離128.8億光年かなたの銀河IOK-1 。2006年から2011年まで,人類が見た最も遠い銀河とされていた。

すばる望遠鏡で発見した距離128.8億光年かなたの銀河IOK-1 。2006年から2011年まで,人類が見た最も遠い銀河とされていた。

「宇宙の夜明け」は,専門的には「宇宙の再電離」とも呼ばれます。この研究は,もちろん私一人の研究ではなく,優秀な若手がたくさんいたからできた研究です。最初の最遠の銀河を見つけた研究は,当時,私の研究室にいた東大院生の太田一陽君の学位研究でした。彼にこのテーマを提示したとき,「5年間頑張って見つかれば『ネイチャー』論文。だけど,見つからないと学位が取れないかもしれない。それでもやるか?」と聞いたら,すかさず「やります」との返事。太田君は不屈の精神で,結局5年間頑張って,距離128.8億光年かなたにある銀河を1個だけ見つけたんです。それで彼は「ネイチャー」論文の著者にもなり,東大博士となりました。今はケンブリッジ大学で研究を続けています。その後,アメリカの研究者に抜かれてまた抜き返したのですが,それはまた別の学生で,総合研究大学院大学の澁谷隆俊君でした。澁谷君も2007年から5年間かけた観測をおこなって,距離129.1億光年かなたの銀河を1個だけ見つけて世界一になったのです。天文学者には幸運も必要なようです。 <次ページへ続く>
家 正則(いえ・まさのり)

家 正則(いえ・まさのり)

1949年札幌市生まれ 1972年東京大学理学部天文学科卒業 1977年東京大学理学系大学院博士課程修了 1977年日本学術振興会奨励研究員 1977年東京大学理学部天文学科助手 1981年東京大学東京天文台助手 1986年東京大学東京天文台助教授 1988年国立天文台助教授 1992?国立天文台教授 この間,日本天文学会副理事長,総合研究大学院大学数物科学研究科長,国際天文連合日本理事,日本学術振興会学術システム研究センター数物系科学主任研究員,国際光工学会シンポジウム組織委員長などを歴任
●分野
銀河物理学,観測天文学
●主な受賞歴等
2013年日本学士院賞 2011年紫綬褒章 2011年東レ科学技術賞 2010年文部科学大臣表彰 2010年研究部門 2008年仁科記念賞 2006年日本光学会 2006年度光設計特別賞 2003年第44回平成15年度科学技術映像祭文部科学大臣賞(科学技術部門) 2002年第13回ハイテクビデオコンクール2002年度最優秀作品賞

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