【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

できない技術はない。必ずできるという強い信念をもって取り組む姿勢が大事九州大学大学院 安達 千波矢

物理から有機EL(OLED)の材料研究へ

聞き手:大学でなぜ有機EL(OLED)の研究を始めることになったのでしょうか。

安達:大学の学部は物理学科だったのですが,講義で理化学研究所の主任研究員だった雀部博之先生の話を聞いたことがきっかけになりました。先生は,有機分子でいろいろなエレクトロニクスの素子を作ることができるという話をされました。有機物質と言えば絶縁体でプラスチックのようなイメージですから,普通は電気を流すなんて考えません。例えば,無機の半導体はシリコンなどの元素で決まります。しかし,有機物質は,レゴブロックを組み合わせて家や車を作るように,合成によってさまざまな機能分子を作ることができます。究極的には分子1個で1つの電子素子を作ることができる。これはすごいと思い,大学院は有機半導体の研究ができる九州大学の応用化学系の学科に進みました。そして,研究室の斎藤省吾先生から勧められたのが有機EL(エレクトロルミネッセンス)の材料研究だったのです。
 有機物質のほとんどのものは正孔(プラスの電流)を流すものばかりで,エレクトロン(電子)を流すものはほとんどありませんでした。半導体はP型とN型という2つの性質の異なる物質を積層して素子を作ります。P型しかないと,LEDも作りにくいのです。そこで,大学院では,有機物質で電子を流す物質を見つけることに執念を燃やし,ずっと取り組んできました。理想とする物質を見つけるのに2年かかりました。1989年に私が見つけた物質はオキサジアゾールという電子を輸送する物質です。私はすごい発見だなと思っていたのですが,当時は誰もその重要性に気づきませんでした。電子を輸送する物質が見つかり,正孔を流す物質もあったので,両者を積層してOLEDを作り,一気に成果が出てきました。
 私が有機ELに魅力を感じるのは,有機物質にアクティブに電流を流して光らせることができる点にあります。液晶は基本的に後ろにバックライトがあり,液晶の機能としてはシャッターの役割しかありません。有機ELは有機物そのものが光っているのです。まさにレゴブロックで,いろいろな原子を好き勝手に組み合わせ,電子を流して光らせることができることは,研究者としてワクワクします。現在,液晶と有機ELのディスプレイの画質は互角です。ただし,有機ELが携帯電話などに広く使われてきているのは,省スペース化でき,フィルム状にできて折り曲げられることにあります。曲面の多い車のダッシュボードなどには有機ELのほうがいいので,自動車メーカーは今,頑張って有機ELを搭載しようとしています。応答速度もマイクロセカンドですから,液晶に比べて100倍ぐらい速く,サッカーの試合をはじめスポーツ中継などでは圧倒的に有機ELのほうがいいです。ただし,ネックは素子寿命で,そこが今一番の課題になっています。

第3世代の発光材料の開発に成功

聞き手:電気を100%光に変換する画期的な熱励起遅延蛍光(TADF)の発見にいたった経緯についてご説明いただけますか。

安達:1999年からアメリカのプリンストン大学のフォレスト先生に招かれ,先生の研究室で発光材料の研究をしていました。有機ELの第1世代の発光材料は蛍光で,フォレスト先生は第2世代のりん光材料を使った有機ELの開発をしていました。2000年にはイリジウム錯体を使って,ほぼ100%の効率で電子を光に変換することができるようになりました。アメリカには3年間いて,日本に戻ってきました。先生のもとでやっていた仕事を引き継いでやっていく選択肢はありましたが,私としては日本発の新しい発光材料を作りたいという考えが頭にありました。アメリカでは,研究者は積極果敢に新しいことにチャンレンジしていて,私はその姿勢に衝撃を受けていました。それで,今までやってきたことはチャラにして,まったく新しいことにチャレンジしようと思ったのです。
 流した電流を100%の効率で光に変換可能な技術の一つが,TADFという技術でした。TADFは,実は光科学の教科書に,そういう現象の存在が書かれているのです。ただし,遅延蛍光は熱を吸収して高いエネルギー状態を作る方法なのですが,効率が非常に低くて数%しかありません。ですから,みんなこんなプロセスはダメだろうと思っていたのです。しかし,教科書を見ていたら,それを実現するための式も載っていました。その基礎原理をもとに新しいTADFの分子を設計しました。これが第3世代の発光材料として位置づけられています。フォレスト先生の第2世代では,白金やイリジウムなどのレアメタルを使いますが,TADF材料は,炭素と窒素,酸素,水素等の元素だけで有機EL素子が可能になります。これは大きなメリットです。
 ドナーとアクセプターを積層させると,ドナーは電子を出しやすく,アクセプターは電子を受け取りやすいので,この界面で分子間相互作用が起きてしまいます。これはエキサイプレックスと呼ばれています。大学院当時はこのエキサイプレックスをいかに避けるかをずっと考えてきましたが,このエキサイプレックスがTADFだったのです。実は,私は学生のときに,TADFという現象を見ていたのですが,当時は見逃していたのです。TADFを観測するために,ナノセカンドオーダーの高速分光装置をはじめ,さまざまな装置が必要になるのですが,当時はそういう装置がなかったからでもあります。そういった自分の体験から,学生には,日々の実験のなかで,実はすごいことが起きていることを見逃さないようにと話しています。

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安達 千波矢

安達 千波矢(あだち・ちはや)

1991年 九州大学大学院総合理工学研究科材料開発工学専攻博士課程修了(工学博士) 1991年 株式会社リコー化成品技術研究所研究員 1996年 信州大学繊維学部機能高分子学科助手 1999年 プリンストン大学Center for Photonics and Optoelectronic Materials研究員 2001年 千歳科学技術大学光科学部物質光科学科 助教授 2004年 千歳科学技術大学光科学部物質光科学科教授 2005年 九州大学未来化学創造センター教授 2010年 九州大学応用化学部門 教授(兼任:最先端有機光エレクトロニクス研究センター センター長 未来化学創造センター教授)主幹教授
●専門分野
有機光エレクトロニクス,有機半導体デバイス物性,有機光物理化学

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