【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

歴史を学び,現在を把握し,未来を予測しながら,次の技術目標を定める久保 友香

日本の伝統文化の中にある美意識を数式で解明する

聞き手:今までのご経歴と,大学での研究内容についてお教えください。

久保:小さい頃から,話すことや人とコミュニケーションを取るのがとにかく苦手でした。そのうえ,書くこと,読むこともダメでした。ただ,算数は好きで,数字と向かい合うことが好きだったので,そこを突き詰めてやっていればいつか人ともコミュニケーションが取れるのではないかと信じ,高校まで数学と理科ばかりやっていました。ですから,当然のことのように大学は理系と決めていました。好きな数学に関するところに行きたいと思っていましたが,理学だと教育職にしかつけなくなると言われ,応用性がある工学に進みました。
 大学が慶應義塾大学理工学部だったので福沢諭吉先生の実学の思想が強く,周りの人たちは実務的で,経営にも興味をもち,私は教えられることが多く,影響を受けました。大学3年生の時,自分が何に興味があるのか,世の中のどのような部分に関わりたいのかを考えるようになったときに,日本文化を好きな家族の影響を受けていることに気づきました。私の小さい頃は明治生まれのひいおばあちゃんと遊んでいたのですが,彼女は和服を着て,常に縫い物をしたり短歌を詠んだりしていました。そのおかげで,私は小さい頃から日本の伝統文化に触れていました。両親はテレビ局に勤めていたほど大衆文化が好きで,父は演歌番組のディレクターをしていたり歌舞伎好きで,日本の心などに関心がありました。そういった影響を受けていたので,日本の文化の中にある日本人の美意識について考える機会が多くありました。それと,自分の得意な数字で分析することと組み合わせた方向に進みたいと考えるようになりました。
 学部生の頃は機械工学を学びましたが,卒論ではエネルギー資源であると同時に,日本では神が宿るというアニミズム的な文化資源という面ももつ森林をテーマに選びました。文化資源でもあることを考慮しながら,エネルギー資源としての森林の価値を計測するシステムをつくりたいと研究していました。
 大学院に行く決め手になったのは,卒論の勉強中に本屋で見つけた,後に大学院の指導教官になっていただく東京大学の月尾嘉男先生の本でした。その本に,国際政治において「これからはハードパワーよりソフトパワーが重要な時代になる」というようなことが書かれていて,衝撃を受けました。ソフトパワーというのは,クリントン政権で安全保障を担当していたジョセフ・ナイの言葉です。ちょうど月尾先生が東大で機械工学から新領域創成科学研究科の研究室を新しく立ち上げている最中でしたので,そこに入ることになりました。まさに,それが今の研究の原点になっています。

浮世絵の構図や美人画のデフォルメに,日本の美意識が宿っている

聞き手:東大の新領域創成科学研究科ではどのような研究をされていたのですか。

久保:最初は,日本の特有の文化である“おもてなし”や“わびさび”を数値化できないかと考えました。技術開発では何らかの数量的な評価の物差しに従い技術目標を設定しますが,日本人の美意識のようなものは,その評価の物差しに含まれません。そのため,性能の向上を目指すほど,日本人の美意識はなくなるのではないか。加えて,日本ではそれらは曖昧だから良いのだ,数値化してはいけないという雰囲気があります。禅やわびさびのように,曖昧なまま,世界的に評価されているものもありますが,技術開発に活かすならば数値化をしないといけない。それが,日本の国際競争力向上にもつながるのではないかと思いました。
 数値化のためにいろいろやってみたのですがうまくいきませんでした。先生方からもそんなことをやっていたら絶対学位は取れないと言われました。まさに答えが出ないようなことをやっていたので,全然論文を書けないし,修了もできなさそうな雰囲気になりました。そのときはとても悩み,ずっとさまよっていた感じでしたが,突破口となったのが「かたち」に注目することだったのです。
 日本の伝統的絵画を見ると,写実的ではなく,デフォルメして描かれていることが多くありました。そのデフォルメに日本の美意識が現れているのではないかと考えたのです。例えば構図に着目すると,日本の浮世絵では,透視図法に従わず,デフォルメされた構図であることが多いです。構図は「かたち」ですから,数値化できると気づいたのです。もともと私は絵を描くのが好きで,建物のペン画を描いていました。私は数学的に透視図法に完全に合った絵しか描けなかったのですが,そういう絵が美しいのではなく,そこへの劣等感もこの研究に影響していると思います。透視図法に従っていない浮世絵が,のちに海外でジャポニズムとして評価されたことも重要です。
 調べてみると,15世紀に西欧で生まれた絵画の透視図法は,江戸時代の1739年に日本に伝来してきたと言われています。それ以前の浮世絵は3次元的な空間を平行投影で描いていました。伝来後,一時期は浮世絵でも透視図法に従った絵が多く描かれています。しかし,1800年以降になると出てこなくなります。北斎や広重の風景画は,透視図法が入る前の平行投影とは違うが,透視図法にも従わない,透視図法を知ったうえであえて外しているような構図で描かれています。博士論文では,後期の浮世絵のような,透視図に従わない構図を3DCGで再現できる図法を開発しました。その頃はちょうど3DCGの普及が進み,アニメーション制作でも3DCGの利用が標準になりつつありました。3DCGは透視図法を原理とした技術なので,それが発展するほど,日本の美意識を反映した,透視図法に従わないデフォルメが消えていくことになります。だから,それを数値化して,技術開発に取り込みたいと考えたのです。
 構図の研究はとても面白く,博士号を取り,これが私のやり方だとしっくりきたので,次の応用として美人顔に着目しました。日本では,顔もずっとデフォルメして描かれてきています。日本で一番古い美人画は高松塚古墳の壁画に描かれたものと言われていて,その後も1300年以上に渡り継続的に美人画が描かれてきています。しかし,源氏物語絵巻や浮世絵美人画などに描かれた顔を思い浮かべてもわかるように,素人目にはみんな同じような顔に見えます。博士論文で日本の伝統的な構図に対して行ったのと同様に,美人顔のデフォルメも3DCGで再現する図法を構築しました。風景写真や顔写真を日本の伝統的な絵画風のデフォルメに変換するソフトを作ったりもしました。
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久保 友香

久保 友香(くぼ・ゆか)

2000年 慶應義塾大学理工学部 システムデザイン工学科卒業
2002年 東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了
2006年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了
2006年 博士(環境学)取得
2007-2009年 東京大学先端科学技術研究センター特任助教
2012-2014年 東京工科大学メディア学部専任講師
2014-2019年 東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員
●専門分野
メディア環境学

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