【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

歴史を学び,現在を把握し,未来を予測しながら,次の技術目標を定める久保 友香

女の子の「盛り」を科学するシンデレラ・テクノロジー

聞き手:その後,どういう経緯で「盛り」について研究されるようになり,シンデレラ・テクノロジーとして確立されるまでにいたったのでしょうか。

久保:美人顔の評価の物差しとして一般的に用いられているものには,平均性や,対称性や,女性らしさなどがあります。しかし,日本の美人画は,定量的に分析しましたが,一般的な美人顔の評価の物差しがあてはまりません。ふと見ると,現代の日本の女の子が目指している顔にもあてはまらないのではないかと気づきました。顔を簡単に加工する技術にプリクラがありますが,決して平均顔を作っていません。プリクラメーカーでは,ユーザーのニーズに合うように画像処理の技術の開発をしているわけですが,それは一般的な美人顔の指標に従っていません。そこには,美人顔とは違う技術目標の物差しがあるとわかってきました。それが「盛り」です。
 一般的に用いられる美人顔の評価の物差しが測ろうしているのは,生まれもった顔であり,基本的には配偶者選択を前提としていると考えられます。しかし,プリクラを利用する女の子たちにとって大事なのは,顔を加工し,画像を使って,対面したことのない人ともバーチャルに見せ合うことです。持って生まれた顔の話ではなく,変身して公開するための技術なので,「シンデレラ・テクノロジー」と名づけました。きれいなドレスと,舞踏会に行くためのカボチャの馬車を提供した魔法を技術に変えたものとして名づけたのですが,王子様を見つける技術だと間違われることも多く,今は失敗したかなと思っています。
 彼女たちは王子様を見つけるためにプリクラで顔を加工しているわけではありません。自分の趣味を表す外見を作り,同じ趣味の仲間とコミュニケーションするためです。彼女たちはその行動を「盛る」と言います。うまくいくと「盛れてる」と言うのですが,それは一般的な美人顔になっているわけではなくて,今この瞬間のこの仲間内で共有する基準,トレンドに合わせられているという意味なのです。その女の子たちの言葉をもらい,彼女たちの中にはあるけれど,科学的には存在していなかった「盛り」という物差しを提示したいと思ったのです。
 この研究テーマは今も変わっていないのですが,時代も社会も変化しています。2010年代前半はプリクラやガラケーのカメラで撮った顔をブログなどで見せ合うことが流行っていましたが,2010年代後半からはスマートフォンのカメラで風景も含めたシーン全体を撮り,SNSで見せ合うことが流行り,インスタ映えスポットに人が集まるようなことがありました。しかし,今はコロナの感染拡大の影響もあり,家の中で撮影した動画でライフスタイルを見せ合うことなどがさかんです。メディア環境の変化とともにコミュニケーションの形は変わっていきます。以前は対面したことのない人に見せるバーチャルな外見を顔で表していましたが,それをシーンで表すようになり,今ではライフスタイルにと変わってきています。メタバースやミラーワールドといった次のメディア環境を表すキーワードも出てきていますが,そこにおける日本の美意識を反映した技術目標が何になるのか,私も今,一生懸命考えているところです。

公園のベンチに行き,白い紙とペンで思考を図式化

聞き手:研究において,求められた成果が出ないなどの理由で自信を喪失されたり,試行錯誤して苦悩されたりしたご経験がありましたらお聞かせください。また,そうした苦難をどのように乗り越えてこられたか,その秘訣・コツがありましたら教えてください。

久保:私はまだ苦難を乗り越えていませんし,苦悩している最中です。大学では,工学系はグループで研究をし,皆で目指している技術目標に向かっていくことが多いのですが,その中でも私はいつも一人でやっていました。私の問題意識自体答えが出る問題かどうかわかりませんし,それを解くことが世の中に求められているのかどうかもわからないので,他人を巻き込みたくないからです。でも,私自身はいつも自分が最も興味あることに取り組んでいて,好奇心のままに進んできました。
 科学的には存在していないけれど,女の子たちのコミュニケーションの中には確かに存在している「盛り」という物差しを解明しようとする研究では,「盛り」を楽しんでいる女の子の行動観察や,彼女たちへのインタビューを行いました。工学研究ではビッグデータ解析に重点を置いているこの時代に,一人ひとりの女の子にインタビューしたり,行動観察をするのはどうかと多く批判されました。当初は,「私はこんなことをしていていいのだろうか」と自分にも何度も問いかけましたが,どうしても知りたくて,続けていくうちに真理に近づけている確信ができてきました。
 本を出版したことをきっかけに,人文科学系の先生たちにも声をかけていただけるようになり,そこでのディスカッションは本当に刺激的です。小さいころから,書くこと,読むこと,話すことが苦手なので,人文科学には苦手意識が強いのですが,今は興味があって人文科学系の本も積極的に読んでいます。現在は純粋な工学の研究者とは言えない状態ですが,好奇心のままに突き進んできた結果,このような状態にあるのだから,それを受け入れたいと思っています。加えて,本を書くことにも力を入れているので,工学論文は今はお休みして,非常勤講師をすることはありますが,基本的に大学を離れています。
 思考を整理するために意図的に行っているのは,外部からの情報が流れ込んでくるインターネットから離れて,白い紙とペンだけを持って,公園のベンチなどに行き,自分の内部にある思考をひたすら図式化する時間をもつことです。図を描くことで思考が整理され,複雑な構造もシンプルになります。それによって問題が解決することが多いです。
 これまでの経験で苦難を乗り越えた時のコツがあるとすれば,周りを気にしないことです。周りの友だちには,会社で偉くなっている人や研究者として大きな成果を上げている人もいますが,それを気にしない。それができるのは私の強みです。自分の好奇心に向かっているのが楽しいので,焦らず,マイペースで,お給料や出世といったこともまったく気になりません。全力投球できること,本当にやりたいことだけに取り組んできた結果,意外と人の気づいていないことを発見したりしている気がします。

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久保 友香

久保 友香(くぼ・ゆか)

2000年 慶應義塾大学理工学部 システムデザイン工学科卒業
2002年 東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了
2006年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了
2006年 博士(環境学)取得
2007-2009年 東京大学先端科学技術研究センター特任助教
2012-2014年 東京工科大学メディア学部専任講師
2014-2019年 東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員
●専門分野
メディア環境学

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