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弱小メーカーのとるべき戦略を考え抜く幸運に恵まれました。(前編)モレキュラー・インプリンツ・インク 溝上 裕夫

マイクロ波

聞き手:溝上さんは,沖電気工業からケーエルエー・テンコールへ行かれ,現在はモレキュラー・インプリンツ・インクと,半導体産業に長年携わり,日本の半導体産業の栄枯盛衰をつぶさに見てこられたわけですが,最初に溝上さんが半導体の世界に入るきっかけをお伺いしたいと思います。

溝上:実は,私は最初から半導体の世界を目指してやっていたのではなく,学生の頃はマイクロ波電子管の研究をやっていました。それで教授のスポンサーであった沖電気に入社したのです。
 マイクロ波はレーダーとして第二次世界大戦中各国がしのぎを削って開発を競い,戦後も通信技術の重要テーマとして継続して研究が行われていました。通信分野では通信の帯域を増やすために,より高い周波数の技術を開発していくわけです。中波,短波,超短波,マイクロ波というようにです。それで,戦後10年ぐらいたった昭和30年ごろには大変な勢いでマイクロ波(センチメートル波)を使った無線通信技術が発展していったのです。その結果,東芝とNHKは日本初のマイクロ波用テレビ放送中継器を,日本電信電話公社(現 NTT)は,電話回線用のマイクロ波中継回線をそれぞれ東京 – 名古屋 – 大阪間で開通させ,その後この中継回線は全国網へと発展し,光ファイバーへ置き換わるつい最近まで使われていました(NHKは2004年,民放は2006年まで)。当時の日本のマイクロ波通信技術はアメリカと並んで世界のトップレベルだったわけです。
 日本はレーダーの開発競争ではアメリカに負けましたが,八木アンテナ,マグネトロンを始めとして,優れた技術の伝統がありました。戦後,まだ戦争の傷跡から完全に立ち直ってないときに,そのような事業を日本の技術者はやってのけているのです。

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