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撮る,見る,聞く。カメラは感性を表す道具(株)ニコン ニコンフェロー 映像カンパニー 後藤研究室長 後藤 哲朗

後藤研究室に託された使命ニコンのDNAの探究と伝承

聞き手:2009年フェローに就任され「後藤研究室」が設立されましたが,個人の名前の付いた研究室は珍しいのでは。

後藤:ニコンには個人の名前が付いた研究室がいくつかありますが,当研究室は技術を研究するだけではない点が大きな特徴です。現状のデジカメ市場では,実に優秀な電機メーカーと真っ向から戦っているわけですので,生半可な機材と作戦ではニコンの良いところは出ません。そこで当研究室に託されているのは,ニコンの良いところ,すなわちDNAを維持継承させるための活動です。例えば,ニコンのカメラへの定評である「強靭な製品への信頼性」,戦前に日本の光学メーカーの草分けとして三菱が作った「ニコンならではのオプティクスの強み」を生かし,さらに成長させていくことが使命です。研究室には内外,自他社,新旧にまたがった機材や写真に精通している優秀なメンバーが所属しており,ニコンの存在価値を打ち出していくためのノウハウ,具体的な技術や商品,理念生成などを託されています。実際には,「ニコンを良くするためなら好きなことをやれ」,「出しゃばれ」,「鉄は早いうちに打て」ということで,外部だけではなく商品開発や社内会議などにもどんどん参加している毎日です。

聞き手:伝えていきたいもの,新たに作りたいものなど,どういったものを考えていますか。

後藤:現在のコンパクトデジカメや一眼レフを見ても,ロゴを隠すとどこのメーカーか分からない,また,仕様や性能もそのようなものばかりです。そこで「ニコンのアイデンティティーは何なのか」と,場合によっては歴史を遡って考えながらこれからの基盤を作っておかないと,次の世代でライバルメーカーが新たな考えで何か仕掛けて来たときには,単純に追いかけるしか無くなる,という心配もあるわけです。そのために,一つには次世代の商品,デザイン,構想などを具体的に提案したものはありますが,それは企業秘密なので言えません(笑)。
 もう1つのミッションはニコンが失っているシェアを取り戻すことと,ニコンが取り得ていないジャンルのシェアを増やすことです。例えば相手がプロであれば,日頃からプロとのパイプをきちんと作って風通しを良くするというミッションです。もちろん社内にはそのような専門部署がすでにあって,日々担当者が実施しているわけですから,当研究室はひと味違うアプローチになる工夫をしています。簡単に言えば「ニコンにはこんないいカメラがありますから,今度使ってみてくださいよ」的なことなのですが,具体的には申せません。街中で撮影するアマチュアの動きを観察することから,オリンピックのような大イベントに出張して実写も兼ねつつ,世界から来るプロとの会話を通じて得た情報をニコンの設計部門やマーケティング部門に情報を正しく伝えて反映させるという仕事も重要です。

聞き手:プロの世界では,今のところどのメーカーが強いのですか。

後藤:著名な先生から自称プロまで対象は世界に大勢いますので簡単には申せませんが,見聞きした範囲では,勝手ながらニコンが強いと思っています。ただ,ジャンルを特定すると,例えばテレビカメラが多く集まるところ,女性が集まるところではニコンが圧倒的に弱いように感じます。もともとカメラビジネスを始めた際のターゲットの違いから得手不得手を引きずっているのかも知れませんね。例えば,報道とファッションでは機材に求められる機能やレンズが違ってくるところから,品揃えの有無なども原因ではないでしょうか。残念ながらそういう不得手なジャンルには細いパイプしかありませんので,販社の専門組織と一緒に出掛けてパイプを太く構築してくる,といった仕事もしています。

聞き手:次世代のカメラ設計・開発者へのメッセージとして,後藤さんの理想(夢)のカメラ,作ってみたい,作ってほしいカメラはどんなものでしょうか?

後藤:これは荒唐無稽・無理難題ですが,普段は小さくて軽く邪魔にならないけれども,いざ写真を撮ろうと思う際には手ぶれのしない,手のひらにしっくりくる重さと大きさ,その気にさせる音や作動感触であるカメラです。両立しないのは分かっています。でも家を出るとき,「コンパクトデジカメにするか,一眼レフを持っていくか」と,いつも悩むわけです。「今日は頑張って撮るぞ」というときはさすがに一眼レフを持っていきますが,そうでないときはコンパクトを選んでしまいますね。大昔の元写真部員としては,正直に申してそれが今の悩みです。それなりの作動音と作動感触で良ければ今の技術であれば実現できそうな可能性はありますね。いずれも人工音とアクチュエーターで作れますから。ただグリップやレンズ,画像センサーやそれに続くエンジン類は,生物学的なあるいは画像のために物理的に決まる最低限の大きさが必要ですから,自然に重くもなる。それでも小さく軽くと言うのは……まさに夢のカメラですね(笑)。
後藤 哲朗(ごとう・てつろう)

後藤 哲朗(ごとう・てつろう)

1973年,千葉大学工学部電気工学科卒業。同年,日本光学工業株式会社(現?ニコン)入社,機器事業部(現インストルメンツカンパニー)でサーマルカメラ(赤外線カメラ)の開発に従事。1975年,カメラ設計部に異動,フィルム一眼レフカメラ「F3」で電気回路設計,「F4」では電気系リーダー,「F5」ではプロダクトリーダーを勤める。1997年,カメラ設計部ゼネラルマネージャーとして,フィルムカメラシステム全般を指揮。2004年,映像カンパニー開発本部長・執行役員に就任。「D3」などのデジタル一眼レフカメラ,交換レンズ群,コンパクトデジタルカメラ,アプリケーションソフトなど映像製品全般の開発を指揮。2007年,映像カンパニー副プレジデント就任。2009年より現職。

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