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“汽水”には面白そうなテーマが集まる電気通信大学 教授 武田 光夫

大学では基礎教育が大切

聞き手:最近の学生について何かご感想はありますか?

武田:わたしはこれまでずっと情報系の学科に所属してきて,光学のような自然法則に従う“物の科学”と情報やコンピューターなどの“事の科学”の交じり合う世界を住み場所にして,学生たちにはそれらを融合した光計測や光情報処理を研究テーマとして与えていました。わたしの研究室の卒研では,成績の良い順に学生を採ることはせず,面接して面白い学生を採っていました。このため,わたしには無いいろいろな能力と個性を持った学生と出会え,彼らから学ぶことが多くあり,楽しかった思い出がたくさんあります。学生のことで深刻に悩んだり苦しんだことはあまりありません。彼らの若いパワーのおかげでいろいろな研究ができたので感謝しています。研究ではペシミスティックですが,学生については案外オプティミスティックです(笑)。

聞き手:大学における光学教育の現状はいかがでしょうか? 企業内教育が主体になっていると聞きましたが。

武田:すでに確立した技術の継承を目的とする専門性の高い光学教育については,社内教育にゆだねるのは,ある意味,やむを得ないことだと思います。光学教育に力を入れることを特色とする宇都宮大学などの少数の大学以外では,幾何光学や光学設計をちゃんと教えているところは無いでしょう。大学の研究の場合は,これから生まれてくる夢のある未知の技術や萌芽(ほうが)的な技術に期待が集まりますから,研究予算もそういうところに集まります。幼い嬰児(みどりご)には未来の夢を託して乳をやり,大人になったらお小遣いをあげないのは,世の道理です。
 一方,大学の教育は教室の授業だけではありません。大学院では,教育の主要な部分が学生の所属する研究室での修論や博論の研究を通じて行われ,その際に学生の研究テーマは指導教員の獲得した研究予算のテーマに連動します。このようなわけで,技術の継承がどんなに重要な分野であっても,研究費を獲得しにくい成熟した技術分野からは教員が離れていきますので,その教育を大学で行うのは難しくなってしまいます。
 ですから,光学設計や光学加工の分野の非常にレベルの高い技術は企業の中で蓄積と継承が行われていて,大学には存在していません。しかし,「成熟した技術」を「成長が止まった技術」と考えるのは誤りだと思います。生きている産業を支える技術は,成熟してもなお常に進化を続けています。半導体のリソグラフィー技術などはその典型です。高度な複合技術の中にあらゆる新技術の要素が入っていて,生命力のある古木からは新芽が芽吹いてきます。そのような新芽に気付き大事に育てるのは,企業の現場における実践的な教育の役割が大きいと思います。
 一方,大学の講義ではあまり流行に流されずに,新しい分野と成熟した分野双方の基礎となる物理や数学,工学の基礎科目に重点を置いて,学生には基礎をきっちり理解させて卒業させていくのが良いのではないでしょうか。

聞き手:アメリカでは昔からアリゾナ大学などが光学教育・研究の拠点になっていますね。

武田:そうですね。アメリカではアリゾナ大学,ロチェスター大学,セントラルフロリダ大学などいくつかの強力な光の拠点が存在しています。日本ではこれまで光分野の活動が比較的分散していましたが,最近,大阪大学や宇都宮大学などに特色のある光の研究教育拠点が新たに生まれてきていています。これらについては,将来の発展が楽しみです。

聞き手:若い人たちに向けて何かお言葉をちょうだいできますでしょうか。

武田:わたしは,自分のやっていることにあまり自信を持てないタイプで,その都度,迷ったり悩んだりしながら進んできたので,若い人に「こうすると良い」などと言えるほどのことはありません。ただ,わたし自身のことを振り返ってみると,学部の時に専攻していたことと大学院の専攻が違っていたことはとても良かったと思っています。学部では電気や通信を勉強し,大学院では光を中心とする応用物理を学びました。“double major”という言葉があるようですが,あまり一つの専門にとらわれなくても良いのではないかと思います。
 川から流れてきた真水が海の塩水と混じり合う“汽水”の領域ではいろいろな魚が多くいるのと同じように,分野の混じり合っているところには面白そうなテーマが多数あるように思えます。一つの道でうまくいかなくても,別のところにチャンスがあるかもしれないので,あまり分野を狭く考えない方がいいのではないかと思ってこれまでやってきました。しかし,若い人にわたしのように汽水を好む“ダボハゼ研究者”になる道を勧めて良いのかどうか,物理一筋や情報一筋の世界を経験していないのでなんとも言えないところがあります(笑)。

聞き手:本日は興味深く楽しいお話を聞かせていただき,ありがとうございました。
武田 光夫(たけだ・みつお)

武田 光夫(たけだ・みつお)

1969年,電気通信大学 電気通信学部電波工学科卒業。1971年,東京大学 大学院工学系研究科物理工学専門課程修士課程修了,1974年,同博士課程修了(工学博士)。同年,日本学術振興会 奨励研究員。1975年,キヤノン(株)に入社し中央研究所と本社光学部に配属。1977年,電気通信大学電気通信学部講師。1980年,同助教授。1985年,当時の文部省長期在学研究員として米国スタンフォード大学 情報システム研究所客員研究員。1990年,電気通信学部教授に昇任。現在,大学院情報理工学研究科教授。専門分野は応用光学と情報光工学。現在の研究課題は,光応用計測や光情報処理,結像光学と画像処理など。応用物理学会理事や評議員,日本光学会幹事長,SPIE理事などを歴任。SPIE Dennis Gabor Awardや応用物理学会量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)など多数受賞。OSA Fellow, SPIE Fellow, 応用物理学会Fellow。

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