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“汽水”には面白そうなテーマが集まる電気通信大学 教授 武田 光夫

キヤノンで学んだこと

聞き手:学位を取られた後はいかがなされたのでしょうか?

武田:大学に就職しようと思っていたのですけれども,自分の好みと合うところがなく,日本学術振興会の特別研究員としてそのまま小瀬研究室で1年間,先生のテーマでMTFの効率の良い計算方法などをやらせていただきました。やり残していたことがその1年で整理でき,論文として発表できたので,今は大変良かったと思っています。

聞き手:翌年,キヤノンにご就職されていますね。

武田:日本学術振興会の特別研究員は2年間の任期で定職ではないので「今後どうしようか」と思っていた時, OTF測定機試作の際にお世話になったキヤノンの朝枝剛さんから「こちらに来ない?」と声をかけられました。小倉先生や小瀬先生から「光技術者は現場を知らないといけない」と言われていましたし,わたしも現場を一度見てみたいという思いがあったので「会社にいくのも良いのかもしれない」と考え,特別研究員の任期を1年残したまま,4月にキヤノンに入社させていただきました。
 当時は博士で入社する人はあまりいなくて,会社の人事の方もどう扱っていいのかよく分からないという状況でした。同期入社の桑山哲郎さんと新入社員の研修を受けました。普通,新人は工場実習を受けるのですが,わたしは中央研究所の松本和也さんの研究室に配属となり,“実習そのものが開発”ということになりました。そこでは,田中信義さんと机を並べて一緒に白色干渉膜厚計の開発をしました。通常の白色干渉計では試料との光路差補正を鏡の機械的移動で行うのですが,この干渉計は,ウォラストンプリズムで偏光波面にティルトを導入して光路差を空間座標に変換し,同時並列計測することによって可動部無しに膜の奥行き構造や膜厚を測定できるものです。現在のOCT (Optical Coherence Tomography)の先駆けとなる技術要素を多く含んでおり,当時としては実に先進的な技術だったと思います。
 「Canon Thickness Gauge」という製品名で商品化されたのですが,田中さんとわたし,松本さんの連名による一連の米国特許があるものの学会誌に掲載した論文が無いために,他の論文からほとんど引用されることはありませんでした。後に桑山哲郎さんがチームに加わり,Applied Opticsへの投稿を準備したようですが,忙しくて果たせなかったようです。この経験を通じて学んだのは,「学会で認知されるには,やはりしかるべき雑誌に論文として発表しなければだめだ」ということです。この開発で新人のわたしをリードしてくれた田中さんは,後にキヤノンの専務になられました。光学とエレクトロニクスの両方に通じた大変柔軟な思考の持ち主で,リコーダーやフルートなどにも堪能だった田中さんからは,技術のほかにもいろいろなことを学びました。

聞き手:その部署には長くご在籍されたのですか?

武田:いえ,ある意味,“仮配属”のようなものです。よく覚えていませんが半年くらいだったかと思います。期間こそ大変短いのですが,密度の極めて高い期間でした。その後,“本配属”を決める際には,現場のことを学びたいと思って,レンズ設計の部署を希望しました。「光学部」という光関係の人たちを集めた大きなグループがあり,そこに配属していただきました。

聞き手:配属先ではどのようなことをされたのですか?

武田:カメラレンズ以外の特殊レンズを設計する光学第二設計室に配属になりました。そこで多くの優れた光学設計者の方から学ぶことになり,一流の光学設計者における個性の多様さを知りました。
 わたしは,上司の松居吉哉さんの名著「レンズ設計法」(共立出版)を何度も読み,簡潔にして論理明快,誤りの無い式,読みやすい透明な文章などに深く感銘を覚えました。この本には当時,自分でフォローした式チェックのメモや書き込みがいっぱいで,装丁も崩れてしまっていますが,今でも大切に持っています。こうした論理構成のしっかりした光学設計論は,大学で長い時を過ごした私にとっては大変心地よく受け入れやすいものでした。
 一方,配属先では,直ちに製品として所定の性能仕様を満たすレンズ設計が求められていました。ラケットを握ったことの無い者が優れたテニスの教則本を読んだだけで,いきなりコートで試合をさせられるようなものです。コートで立ちすくんでいたわたしに実戦的試合の訓練と指導をしてくださったのが武士邦雄さんでした。素人のわたしが設計に行き詰まると,光路図や収差曲線を見て「次の一手」を教えてくれました。言われた通りにやると確かに新しい良い解が見つかります。「なぜこの一手なのですか?」とたずねると,「自分で考えろ!」と言って笑っているだけ。
 プロの棋士は次の一手を盤上の石の形で直観的に判断するといいます。武士さんのようなトップクラスの設計者は,光路図から良い解を直観的に見抜くことができるのだと思いました。それは口では説明し難い,ある種の美的感覚に基づくものではないかと感じました。確かに光路図の美しいレンズは性能が良く,公差も緩いのです。光学設計には,知性に基づく論理的思考と,感性に基づく芸術的直感の両方が必要なのだと悟りました。後に武士さんはスバル望遠鏡の主焦点レンズを設計し,その素晴らしい性能が日本の天文学に大きな研究成果をもたらしました。
松居さんや武士さんのような卓越した光学設計者に師事することができたにもかかわらず,わたしは一人前の光学設計者になれないまま,キヤノンを去ることになりました。恩師の佐藤洋先生から専任講師として電通大に戻るようお誘いをいただいたからです。わたしとしては,いろいろ学ばせていただいただけで,少しも貢献せずに会社を去ることが大変申し訳なく思えました。2年間という短い期間でしたが,キヤノンに勤めたことは,わたしの技術者としてのものの見方や考え方に大きな変化を与えてくれた,大変貴重な経験でした。
武田 光夫(たけだ・みつお)

武田 光夫(たけだ・みつお)

1969年,電気通信大学 電気通信学部電波工学科卒業。1971年,東京大学 大学院工学系研究科物理工学専門課程修士課程修了,1974年,同博士課程修了(工学博士)。同年,日本学術振興会 奨励研究員。1975年,キヤノン(株)に入社し中央研究所と本社光学部に配属。1977年,電気通信大学電気通信学部講師。1980年,同助教授。1985年,当時の文部省長期在学研究員として米国スタンフォード大学 情報システム研究所客員研究員。1990年,電気通信学部教授に昇任。現在,大学院情報理工学研究科教授。専門分野は応用光学と情報光工学。現在の研究課題は,光応用計測や光情報処理,結像光学と画像処理など。応用物理学会理事や評議員,日本光学会幹事長,SPIE理事などを歴任。SPIE Dennis Gabor Awardや応用物理学会量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)など多数受賞。OSA Fellow, SPIE Fellow, 応用物理学会Fellow。

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