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10年,20年…100年というロングレンジで研究開発を考える東京大学 教授 石原 直

NTTグループの再編成に 翻弄(ほんろう)される

聞き手:電電公社に入社されたとなると,民営化や分割に大きな影響を受けられたのではありませんか?

石原:はい,1985年の電電公社の民営化は良いことばかりだったと思いますが,1999年に実施されたNTTの再編成では大きな影響を受けたと感じています。当時,第二次臨時行政調査会(第二臨調)の「行政改革に関する第三次答申(基本答申)」においてNTTの分割・民営化が提言されましたが,それを受けて国がやったのは民営化だけで,分割はしませんでした。単にNTTを1社の民間会社にしようというものでした。理由は,「株が高く売れなければいけない」から。分割は先送りになり,「5年後に議論する」ということになりました。再び1990年に分割するかどうかの大議論が起こりましたが,それがまたさらに先送りされ,5年後の1995年に議論されるという堂々巡りでした。

 1995年の議論が始まる直前,わたしはNTT厚木研究所でリソグラフィー研究部門の部長をやっていましたが,いきなり本社に引き抜かれ,「NTT分割がわが国の研究・開発力にとってプラスかマイナスか,国レベルで議論する」技術企画部長という役割を担わされました。もちろんNTT自身は分割反対ですので,分割反対の論理を「研究力」という面から構築し,お役人と議論する役目を果たしました。そこで,研究開発のあるべき姿をずいぶん勉強しました。結局は政治的な力が働いてNTTは再編成となり,持株会社を作り,「東会社」,「西会社」,「コミュニケーションズ」,「データ」,「ドコモ」というそれぞれの企業に分けられました。

 研究所は持株会社に所属することになりました。持株会社は株を持っていますから,配下の会社から当時で500億円ぐらいの配当金が入ってきます。NTTの研究所は当時3,000人の研究員に2,000億円の研究費という規模で,それをそのまま民営化したので,持株会社が研究所を養えるわけがありません。ですから結局,配下の会社(東西会社,コミュニケーションズ,データ,ドコモ)から研究開発分担金を集めてくるかたちにしたのです。

聞き手:研究所の運営は,その後,うまく行ったのでしょうか?

石原:アメリカの地域電話会社が共同で所有したベルコアという研究所や日本の鉄道総合技術研究所,電力中央研究所などの様子を見ていて,「複数の組織が持っている研究所はうまくいかない」ということを感じました。ある組織(会社)が「この研究をやってほしい」と言い,その研究をやっていると別の組織(会社)が「こっちをやってほしい」ということになり,お互いにうまく共存できないケースが多発するからです。ですから最初のころは,それぞれのグループ会社に「何も言わずに分担金をとにかく出してください。何を研究するかは研究所が決めます。ただし,できた特許は各会社が自由に使えますし,皆さんの事業会社の5年後,10年後のための研究をやるので,必ずお役に立ちます」と説得して回りました。

 再編成からすでに11~12年たちましたが,今振り返るとこの方法はそれほど完璧には機能しなかったと思います。NTTの研究所は再編成後,規模的には5年ぐらいは同じ程度でしたが,その後,縮小しているようです。研究者が減り,使える研究費も減っています。やはり,お金を負担する事業会社が自分たちのための研究を望んだからでしょう。その辺の調整がなかなかうまくいかず,1社体制で研究所を持っている時よりも規模が落ち,アクティビティーも下がっているのだと思います。個人的には申し訳ないことをしたような気がしていますが,一方で当時の情勢からすると仕方なかった気もします。

聞き手:日本経済団体連合会(経団連)にもおかかわりになったと聞きましたが。

石原:本社にいて技術企画部長をやっていましたので,経団連に出入りするようになりました。当時のNTT会長の山口開生(はるお)さんが産業技術委員会委員長を務めていましたので,それをサポートする役で,産業界の研究開発や技術開発の面倒を見る委員会の裏方をやりました。そして1999年のNTT再編成とともに研究所に復帰させてもらい,物性科学基礎研究所の所長を拝命しました。
石原 直(いしはら・すなお)

石原 直(いしはら・すなお)

1973年,東京大学 大学院工学系研究科修士課程修了。同年,日本電信電話公社に入社し,武蔵野電気通信研究所に配属。主にX線露光装置の研究開発に携わる。1981年,米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員(1年間)。1986年から,日本電信電話(株) LSI研究所主幹研究員として放射光を用いたX線リソグラフィーの研究開発に従事。1993年,同研究所 加工技術研究部長。1995年,同社 技術企画部長。1999年より,同社 物性科学基礎研究所長としてナノテクノロジーの研究推進にかかわる。2003年,NTTアドバンステクノロジ(株) 先端技術事業本部ナノエレクトロニクス事業部長兼技師長。2005年より,東京大学 大学院工学系研究科産業機械工学専攻 教授としてナノメカニクスの研究に従事。現在に至る。機会振興協会賞,精密工学会技術賞,MNE94 Best Poster Awardなど多数受賞。精密工学会理事,電子情報通信学会 企画理事,経済団体連合会 産業技術委員会ナノテクノロジー専門部会委員/重点戦略部会ナノテクノロジーWG主査,内閣府 総合科学技術会議専門委員などを歴任。現在の研究課題は,ナノ構造の機械物性評価とセンシングデバイスへの応用。

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