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10年,20年…100年というロングレンジで研究開発を考える東京大学 教授 石原 直

大学でこそナノ,マイクロの研究を

聞き手:大きな夢を感じられる研究領域ですね。

石原:そうですね,確かに夢があります。2001年にナノテク重点化施策を作ったころは,こうした夢を語ると共感してくれる人が多く,国も「その通り」とお金を出してくれたのですが,今はなかなかそうも行きません。現在の国の政策で非常にまずいのは,性急に成果を求めることですね。ナノテクもこうして重点化施策の中で10年やってきましたが,「どれだけ商品になっているのか」と予算を出す側が何度も言ってくるのでなかなか苦しい状況です。今年度スタートした第4期基本計画ではナノテクは基盤技術という一つ下のレイヤーに置かれているので,いろいろな研究戦略文書で表に出る機会は非常に少なくなってしまいました。

 産業界では,基礎研究は直近の収入につながらないので,大変投資しにくいのです。NTTは大きな企業でしたから何とかやっていましたが……。ですから,基礎研究にこそ国が投資しなければいけません。

聞き手:学生の反応はいかがでしょうか?

石原:若い学生にとってナノの世界はほとんど触れたことのない世界ですから,むしろ興味を持ってわれわれの研究室を希望してくれる学生が多くいます。配属されると,いきなりナノストラクチャーを作ったり,測ったりするので,彼らにとってはショック療法かもしれませんが,「こんな世界もある」ということに気づくと,かなりのめり込んでいく学生がいます。

聞き手:研究室でデバイスも作るのですね。どのように作るのでしょうか?

石原:半導体の製造技術が,こういうナノ構造を作るときの基本になります。研究室にはFIB-CVDという集束イオンビームでナノ構造体を作る装置があります。昨年は,電子ビーム描画機も入れました。そういう装置を,学生はいきなり使うことになります。面白がって夢中になってしまう学生もいて,最近はEB描画機が予約で満杯になるようになりました。こういう分野の技術者を大学時代から育てていくのが非常に重要だと考えています。こうしたリソグラフィーの分野を大学で取り扱うことは,これまで,ほとんどありませんでした。理由は,お金がかかるからです。大学では別のことを専攻してきた人が会社に入って初めてリソグラフィーの仕事に携わるというのが今までのこの世界の常識でした。
 しかし,欧米では初期のころから,このようなマイクロ,ナノの世界に学生が多く入っています。加工の微細化を進めるのは,半導体技術が先導してやってきましたけれども,これからはいろいろな分野で微細化の研究が進められていくと思います。ですから,大学もナノ,マイクロの研究を学生に大いに経験させればよいと思っています。

聞き手:これからはアジアの国々もライバルと考えていかなければなりませんね。

石原:これだけ多くの製造業が中国や他のアジアの国々に移っていってしまうと,産業としては「空洞化する」といわれていますが,基盤技術や先端技術を研究し,工夫する能力を磨いておけば,「中国がもうかれば日本がもうかる」,「韓国がもうかれば日本がもうかる」という構造ができるはずです。米インテル社のプロセッサー事業などは,まさにこういうスキームですから。

聞き手:そういう意味では,先ほどおっしゃった政策のように,成果ばかりを求めることは,むしろ逆の方向になりますね。

石原:おっしゃる通りですね。思い返してみると,1980年代の終わりごろには,日本は世界で生産されるうちの半分の半導体を作っていました。あのころのアメリカの立場になってみると,今の日本と韓国,日本と中国の関係がよく分かります。しかし,それでも当時,アメリカは決して基礎研究の手を緩めませんでした。むしろ大変な危機感を持ち,「今こそ基礎をやらなければ」ということで,大きな研究費を基礎研究に投じました。国立研究所をはじめ,IBMのワトソン研究所,AT&T社のベル研究所,ゼロックス社のパロアルト研究所(PARC)など,国と民間を挙げて大きな研究資金が投入されました。こうした10年,20年,場合によっては100年というロングレンジで技術や研究開発を考えるようにすることが重要と思います。
 日本では,逆にここ最近,政府でも民間でも大変短いスパンでしかものを考えられないようになっています。企業の決算期は1年から半年,そして四半期へと短くなっていますが,基礎研究や基盤技術開発をこれと同じスパンで考えられると,産業の将来は大変まずいことになります。

聞き手: 学生の教育に関して,何か工夫されていることはありますか?

石原:産業技術といえども研究開発という分野があり,そこには面白いことがあるということを実感させる重要な機会として,学生が研究室に配属されて何か良い研究成果が出ると,すぐに国際会議に行かせるようにしています。国際会議に出席して発表し,その国の様子を見てこい,ということです。お金はかかりますが,かなりハイペースで学生を海外に行かせています。そこで向こうの研究者と議論する,あるいは研究所を見てくる,学会を楽しむというようなことを植え付けます。
 そうしたことをやらせると,最初はおっかなびっくりで入ってきた学生も,研究開発や技術には面白い世界があるということが分かるようになり,だんだん乗ってきます。こうして研究者が育っていくのではないかと思います。研究室に閉じ込めて実験やシミュレーションをやらせることも重要ですが,外の世界を見せたり,外の人とディスカッションしたり,彼らと競争する環境を作ってあげることもとても重要だと思います。

聞き手:そうなると語学の学習も重要になりますね。

石原:そうですね。初めて英語で論文を書かせると,それはもう大変なことになり,直すのは非常に大変ですが,すぐに慣れますね。ぶっつけ本番でいいのです。
 一方で,世間では「海外へ留学する学生が減った」と騒がれていますが,そういう気風があることは確かです。どう考えても東京が世界で一番住みやすい場所で,「こんな安全なところからなぜ出ていかなければならないのか」という気分になることはよく分かります。しかし,学生でも社会人でも,できるだけ若い時に海外に出ていって真剣勝負に挑んだ方がいいとわたしは思います。

聞き手:本日は大変興味深いお話をありがとうございました。
石原 直(いしはら・すなお)

石原 直(いしはら・すなお)

1973年,東京大学 大学院工学系研究科修士課程修了。同年,日本電信電話公社に入社し,武蔵野電気通信研究所に配属。主にX線露光装置の研究開発に携わる。1981年,米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員(1年間)。1986年から,日本電信電話(株) LSI研究所主幹研究員として放射光を用いたX線リソグラフィーの研究開発に従事。1993年,同研究所 加工技術研究部長。1995年,同社 技術企画部長。1999年より,同社 物性科学基礎研究所長としてナノテクノロジーの研究推進にかかわる。2003年,NTTアドバンステクノロジ(株) 先端技術事業本部ナノエレクトロニクス事業部長兼技師長。2005年より,東京大学 大学院工学系研究科産業機械工学専攻 教授としてナノメカニクスの研究に従事。現在に至る。機会振興協会賞,精密工学会技術賞,MNE94 Best Poster Awardなど多数受賞。精密工学会理事,電子情報通信学会 企画理事,経済団体連合会 産業技術委員会ナノテクノロジー専門部会委員/重点戦略部会ナノテクノロジーWG主査,内閣府 総合科学技術会議専門委員などを歴任。現在の研究課題は,ナノ構造の機械物性評価とセンシングデバイスへの応用。

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