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10年,20年…100年というロングレンジで研究開発を考える東京大学 教授 石原 直

X線リソグラフィー開発が残したもの

聞き手:本日はよろしくお願いいたします。先生は,東京大学工学部をご卒業後,当時の日本電信電話公社(以下,電電公社,現日本電信電話(株):以下,NTT)武蔵野電気通信研究所に入られたのですね。

石原:大学に入学して2年目から学園紛争が始まった世代です。1968年5月から東大の全学封鎖が始まり,1969年の正月に安田講堂にヘリコプターが来て放水したような時期です。このため,卒業は3ヵ月ほど遅れましたが,修士へ行って帳尻を合わせ,1973年3月に修士課程を終えて電電公社の電気通信研究所に入りました。入社面接の時に「どうしてここを希望したのか」と聞かれて,精密機械出身のわたしは「電気と機械の境界領域をやりたい」と答えたことを覚えています。
 入社当時はITの先駆けとしてデータ通信が始まったころで,データを電話回線に乗せて情報処理するようなソフトウエア開発を2年ほどやりました。ちょうどそのころ,電電公社が「LSI五カ年計画」――通産省が実施した超LSI研究技術組合よりも1年前のことです――を立てて半導体の研究をするというので,その部隊に組み込まれ,半導体の製造技術を担当しました。具体的にはリソグラフィー分野の製造装置の開発です。1975年からおよそ25年間,ずっと露光装置の開発をやっていました。
 わたしが担当したのはX線露光という技術で,開発の後半はシンクロトロン放射光を利用するために,厚木の研究所に引っ越してそこにシンクロトロンを作るという,大規模な開発になりました。しかし,25年間にわたって研究開発した結果,産業には使われないことが明らかになり,そういう意味では「失敗作」と言って良いのでしょう。しかし,その間に技術者を育てたり,技術のベースを作ったという意味では,「貢献した」と自分の中では整理しています。

聞き手:現在の半導体微細加工は光技術を中心としたものですが,当時は誰もここまで光が使われるとは思っていなかったでしょうね。

石原:確かにそうです。パターンの解像限界は露光波長によって決まるのですが,わたしがX線の開発を始めたころは「1μmを切ると光で露光できない」という議論がありました。それが今や200nm程度の波長を使って45nmのパターンを作る時代ですから,波長の1/5くらいのパターンを解像することが可能になっています。これがまさに,技術者の知恵のなせる技なのです。原理からいえばλ/NAが解像限界なのですが,ここにかけ算でかかってくるk1ファクターを工夫することで,こうした解像が可能になりました。リソグラフィー技術の開発初期は,λ/NAによる解像限界があるので,「ミクロンを切る解像は光では難しい」という判断があり,わたしはX線の道に進みましたが,電子線(EB)露光技術に進んでいった技術者も多くいました。X線とは異なりEB露光は,現在でも光リソグラフィーに使われるマスクの描画に必要で,使われ続けています。

聞き手:X線リソグラフィーの技術開発は後世に何を残したのでしょうか?

石原:わたしが開発していたのは軟X線という,波長でいえば1nm前後の電磁波を使う技術でした。現在,次世代の露光技術として世界中から注目されているのが,13.5nmの波長を使うEUV(Extreme Ultraviolet:極端紫外)露光技術です。使用波長としては,X線リソグラフィーから見れば13倍の長波長,光リソグラフィーから見れば1/10以下の短波長と位置付けられます。EUVリソグラフィーも原理的には光リソグラフィーと同様,縮小投影露光法を使います。ただし,光学系が全部反射系になることと,真空中で露光しなければいけないというのが難しい技術となります。X線を開発してきた技術者からすると,X線の延長にEUVがあると考えられますので,彼らは今,ほとんどEUVの開発に携わっています。
 X線は光のようにレンズで曲げることができません。半導体のパターン形成では,多くの層にある細かなパターンを重ね焼き(露光)していきますので,層間の位置合わせが重要になります。光リソグラフィーの場合は屈折光学系が使えるので,大きなパターン寸法でマスクを作り,それを縮小投影します。一方,X線は曲げられない――縮小できないので,マスク上のパターン寸法とウエハー上の寸法が同じ1対1露光となります。200nmのパターンを作りたかったら200nmのパターンをマスク上に作って,数μmのギャップをとってウエハー上に転写するので,位置合わせの観点からは機械的な位置決めがとても重要な役割を果たします。技術としては光リソグラフィーよりも難しくなるのですが,機械技術者から見ると,超精密位置決めの最先端というとても良い研究テーマになります。

聞き手:X線リソグラフィーはなぜ実用に至らなかったのでしょうか?

石原:X線露光の発明者はヘンリー I.スミス先生です。先日,MIT(Massachusetts Institute of Technology)をリタイアされましたが,発明当時はMITのリンカーン研究所にいて,その後,MITの本キャンパスに移った方で,発明者だけあってX線露光に深い思い入れを持っていました。X線リソグラフィーの開発が終盤にさしかかったころ,スミス先生が「この技術は絶対にプロダクションで使えるのだが,経営層のミスジャッジがそれをダメにした」という記事をIEEE Spectrumという雑誌に書かれました。「チップメーカーの経営層がその気になれば,絶対に使える技術になったはずだ」とおっしゃっていたのです。
 ただし,光源にシンクロトロンを使うのは,プロダクションの現場としてはとても抵抗があったようです。X線リソグラフィーの開発初期は特性X線というとてもパワーの小さいX線源で露光していたのですが,シンクロトロンを使わないととてもスループットが稼げないということで,X線源をシンクロトロンに替えて開発を続けました。シンクロトロンを光源に使う場合,ビームラインというものを使って1台の光源を10台で使うような方法を採ります。もし,光源がダメになったら,一度に10台の露光装置が動かなくなるので,そういうものはプロダクションとして使えないということですね。
 また,それよりも障壁として大きかったのは,マスクの製造ですね。光リソグラフィー用のマスクと違う構造を持ち,かつ4?5倍の解像力が必要とされるものをプロダクションで作るのはとても無理だという理由です。製造現場では,今までやった技術体系を工夫してそのまま継続することが一番効率的です。「技術を使う」ということは,周辺にも多くの要素があります。技術者の育成に始まって,設備やサプライチェーンも作らなければなりません。そういう意味で,「マスクを取り換える」ということは大変難しかったと思います。

聞き手:そうした研究で博士号を取られたのですね。

石原:はい。最後に手掛けたX線露光装置は縦型になって,マスクとウエハーは地面に対して垂直に置かれます。シンクロトロン光はビームラインから地面に対して水平に出てきます。そこで,エアベアリングをフルに使って摩擦がない縦型ステージを開発しました。それまでできなかった送りネジもエアベアリングで作って――エアベアリングリードスクリューというのですが――,これで,nm台の高い運動精度と超精密送りを実現したのが現場技術者としての最後の仕事です。これがわたしの学位論文になっています。摩擦の全くない送り機構を開発し,nm精度のフリクションレス超精密位置決めを実現するのが研究テーマでした。
石原 直(いしはら・すなお)

石原 直(いしはら・すなお)

1973年,東京大学 大学院工学系研究科修士課程修了。同年,日本電信電話公社に入社し,武蔵野電気通信研究所に配属。主にX線露光装置の研究開発に携わる。1981年,米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員(1年間)。1986年から,日本電信電話? LSI研究所主幹研究員として放射光を用いたX線リソグラフィーの研究開発に従事。1993年,同研究所 加工技術研究部長。1995年,同社 技術企画部長。1999年より,同社 物性科学基礎研究所長としてナノテクノロジーの研究推進にかかわる。2003年,NTTアドバンステクノロジ? 先端技術事業本部ナノエレクトロニクス事業部長兼技師長。2005年より,東京大学 大学院工学系研究科産業機械工学専攻 教授としてナノメカニクスの研究に従事。現在に至る。機会振興協会賞,精密工学会技術賞,MNE94 Best Poster Awardなど多数受賞。精密工学会理事,電子情報通信学会 企画理事,経済団体連合会 産業技術委員会ナノテクノロジー専門部会委員/重点戦略部会ナノテクノロジーWG主査,内閣府 総合科学技術会議専門委員などを歴任。現在の研究課題は,ナノ構造の機械物性評価とセンシングデバイスへの応用。

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