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10年,20年…100年というロングレンジで研究開発を考える東京大学 教授 石原 直

ナノメカニクス分野を創設

石原:2000年にアメリカのNational Nanotechnology Initiative(NNI:ナノテクノロジー推進国家戦略)が,当時の大統領であるビル・クリントンにナノテク分野の予算を250億円から500億円へと倍増する旨の演説をやらせました。これが世界のナノテクブームの火付け役となりました。「アメリカがナノテクに倍の予算をかけるのだから,日本もヨーロッパもかけなければダメだ」というので,日米欧でナノテク研究へのファンディング競争が始まりました。現在の日本では1,000億円を超える研究開発予算がナノテク・材料に投入されています。
 クリントンの演説があった年――わたしが研究所に帰った次の年ですが――,経団連でもナノテク振興を産業としてやらなければいけないという議論が起こり,先ほどの産業技術委員会の中にナノテク部会を作り,部会長に当時,(株)日立製作所 副社長の中村道治さんがなりました。わたしがそこに主査で入り,中村さんの部下となってナノテク振興策の作成を担当しました。2001年がちょうど日本の科学技術基本計画の第2期の開始年でしたので,第2期計画においてナノテクを重点分野の一つにしてもらうことができました。内閣府でも重点化政策を作らなければいけないので,経団連の代表として中村さんとわたしが総合科学技術会議に出席してナノテク重点化戦略を練りました。

聞き手:まさに国家レベルのお仕事ですね。その後,東京大学に行かれたということですか。

石原:NTTの基礎研究所の所長を4年半ほど務めて「卒業」ということになり,本社から「基礎研の所長は大学へ行きなさい」と言われましたが,急に言われてもなかなかできるものではありません。2年弱の間,NTTの子会社であるNTTアドバンステクノロジ(株)に籍を置きながら,職探しをしました。その間,東京理科大学がMOT(Management of Technology:技術経営)の専門職大学院を作るというので,そこで1年間,先生をやった後に今の東京大学に入りました。

聞き手:東大にはどのようなキッカケで入られたのですか?

石原:東大の機械工学で「新しい分野を提案せよ」という募集があったのでそれに応募したのです。わたし自身,機械工学という分野で長年過ごしてきて,最後の4~5年はナノテク分野に大いに関係してきたのですが,当時,ナノテクで一番盛んだった研究分野は,その基盤であるナノ材料の研究,そしてその周りに,ナノエレクトロニクス,ナノフォトニクス,ナノバイオなどにかかわる研究が活発でした。その時,「ナノテクに機械の分野がない」と思い立ち,機械――メカそのものを扱うナノテクをやる研究室を作ったらどうかということで,2005年に東大で「ナノメカニクス」という研究室を作ってもらいました。
 ナノテクは基本的に,方法・手段の技術体系です。小さいものを作る・測る・シミュレーションするなど手段の技術として見ると,機械工学はナノテクに大変貢献しています。しかし,機械そのものを扱うナノテクがありません。作りはするけれど,ナノストラクチャーを機械として研究することがないということです。実は本当のモチベーションは「電気や材料,物理や化学に負けるな」という負けん気ですが(笑)。現在はナノストラクチャーの機械的なナノ特性を生かし,機械として動作させることがこの研究室のテーマです。

聞き手:大変,面白そうな研究テーマですね。自分がもし学生だったら,まさに選びたいテーマです。学生にも人気があるのではないでしょうか。

石原:研究室を作って7年目になりましたが,最初は「ナノ」と言っても「機械」というバルクイメージとかけ離れていて,学生はあまり寄りつきませんでした。しかしこのところ,しっかりと人気が出てきましたね。

聞き手:具体的には,どのようなご研究をされているのでしょうか?

石原:世の中で使われている言葉で一番近いのは「NEMS(Nano Electro-Mechanical Systems)」です。MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)はご存じですね。この「micro」を「nano」に置き換え,MEMSよりももっとずっと小さな構造を導入して,電気機械システムを創ろうというものです。
 最初に目指しているのはセンシングデバイス――センサーです。小さな構造の振動子を作って,その振動特性(共振特性)をモニターしてセンシングします。振動子のQ値(クオリティー・ファクター)と周波数,振幅をモニターし,例えば温度が変わるとこれらの特性が変わります。たいていは周波数がシフトしたり,振幅が下がったり上がったり,そういうことが起きます,それらを検出してやると,変位のセンサーや質量のセンサー,力のセンサーなどいろいろな検知デバイスができます。
 このデバイスの特徴は共振周波数が非常に高いことです。数MHzから数十MHzぐらいで振動します。テレビの搬送波は4MHzですから,電気回路における共振回路の周波数よりもっと高い周波数を得ることができます。うまく作れば電子回路よりも高いQ値も得られます。共振の鋭さは,センサーとして見た時には感度に影響します。周波数は検出のスピードに影響します。ですから,とても速くて感度の高い小型のセンサーを作ることができるのです。
何年後,何十年後か分かりませんが,いわゆる「ユビキタス」と呼ばれるどこにでもあるセンサー――人間の体に付けても良く,建物に付けても良く,人間の目にはほとんど見えないような小さなものを無数にちりばめます――によって非常に感度の良いセンシングができるようになります。人間に付ければ人体の情報が得られますし,建物に付ければ建物の情報が収集できます。空港のゲートに付ければウイルスを検知して侵入を防ぐことができるかもしれません。そういう夢を描きながら,非常に基礎的な機械特性の小さな構造を作ったり,特性を測ったり,さらにどうすればセンサーになるかという応用などを研究しています。

聞き手:NEMSと呼ばれるデバイスは,大きさとしてはどのくらいのものなのでしょうか?

石原:外形寸法はMEMSの領域と同じμm~数十μmレベルでしょう。しかし,構造内に数十nm程度の極微細ディメンションが含まれています。

聞き手:メカニカルなデバイスで電子デバイスを超える性能を持つのはすごいことですね。

石原:これは,もともとは1990年代にアメリカの大学やIBM社などで,物理学や量子力学の研究者が小さな物理量を測りたいという理由から始めた極限的なセンシング手法です。電子1個の質量やスピン1個の磁力を測ろうということで,カンチレバーの振動を利用したわけです。
 有名なのは単電子トランジスタと組み合わせた応用ですね。単電子トランジスタのゲートはキャパシタンスで制御しますが,キャパシター容量はそれをはさむ電極のギャップで変わります。ここにカンチレバーを付けて,カンチレバーが動くと電子が1個流れるという仕組みにします。キャパシターの変位を測ることによって,電子1個を動かすのにどれだけの変位が必要か分かります。具体的には,フェムトメーターくらいのオーダーになります。
 この研究はそういう極限センシングからスタートしているので,量子物理をやっているような人たちが最初に使い始めましたから,測定はすべて極低温かつ超高真空下で行われていました。わたしの立場は機械工学ですから,こうした測定を大気中の常温の世界に持ち出すことができるのではないかと考えたのです。NEMSはそうした力を持っているはずだと思っています。
石原 直(いしはら・すなお)

石原 直(いしはら・すなお)

1973年,東京大学 大学院工学系研究科修士課程修了。同年,日本電信電話公社に入社し,武蔵野電気通信研究所に配属。主にX線露光装置の研究開発に携わる。1981年,米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員(1年間)。1986年から,日本電信電話(株) LSI研究所主幹研究員として放射光を用いたX線リソグラフィーの研究開発に従事。1993年,同研究所 加工技術研究部長。1995年,同社 技術企画部長。1999年より,同社 物性科学基礎研究所長としてナノテクノロジーの研究推進にかかわる。2003年,NTTアドバンステクノロジ(株) 先端技術事業本部ナノエレクトロニクス事業部長兼技師長。2005年より,東京大学 大学院工学系研究科産業機械工学専攻 教授としてナノメカニクスの研究に従事。現在に至る。機会振興協会賞,精密工学会技術賞,MNE94 Best Poster Awardなど多数受賞。精密工学会理事,電子情報通信学会 企画理事,経済団体連合会 産業技術委員会ナノテクノロジー専門部会委員/重点戦略部会ナノテクノロジーWG主査,内閣府 総合科学技術会議専門委員などを歴任。現在の研究課題は,ナノ構造の機械物性評価とセンシングデバイスへの応用。

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