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世界の耳目が日本に集まっているこの時期に,日本は何を発信できるのか(株)グローバルプラン 岡村 治男

800気圧との戦い

聞き手:まず初めに,ご経歴を簡単にうかがえますでしょうか?

岡村:私は,東京工業大学の辻内順平先生の研究室でホログラフィーの計測応用をテーマに卒業論文と修士論文を書きました。あのころのホログラフィーはまだ新しくて,干渉を使った粗面の微小変形の測定は大変面白い分野でした。私はもともと機械物理工学の出身です。辻内先生のところでは,応用物理の人と機械物理の人が集まってきて研究指導を受けていました。私も光の研究に興味を抱き,そのあとNTTの研究所に就職することになりました。私が機械物理出身だったので,NTTの研究所では「ここは電気通信の研究所だぞ。おまえはなにしに来たんだ。機械が専門じゃないのか」と言われました。「そうなんですけれど,光も勉強しました。」と言いましたが,機械は海底ケーブルにいろいろ必要だからと,そちらの部門へ回されました。
 NTTには横須賀に1つ研究所があって,そこで伝送や衛星通信,移動通信などを研究していました。私はそこで海底ケーブル伝送システムの研究室に入ったわけです。海底ケーブルシステムには,いわゆる研究所らしく細かく研究する部分と,海を相手に総合的に多くのものをインテグレートしてシステム化するという部分の両方が必要です。相手は海ですから,機械的にもさまざまなものが要求されるわけですね。私は,光ファイバーを海底ケーブルに入れる大変さを嫌というほど味わうことができました。
 光ファイバーは髪の毛くらいの太さのガラスの線ですから,機械的に弱く,直径15cmくらいまでしか曲げてはいけないし引っ張ってもすぐに切れてしまいます。光ファイバーの周りを保護しながら,大事に大事に海底ケーブルの中に入れなくてはいけない。ケーブルの途中にヘビがカエルを飲んだような中継器というものがあります。その中に光ファイバーを入れるのですが,中継器の中は1気圧じゃなくてはいけません。海底は一番深いところだと8000mぐらいあります。そうすると圧力は800気圧ですね。外側が800気圧,内側が1気圧という圧力差に耐える特殊合金の厚い隔壁に,髪の毛ほどの光ファイバーを貫通させなくてはいけないのです。当然,水が漏れては困りますし,中には大事な光部品や電子機器類が入っていますから湿気も入ってはいけませんね。光ファイバーにすることで同軸ケーブルを使っていた時代とは違った新しい研究がいろいろ必要になりました。
 さらに,ケーブルと中継器の接続部には最大8トンというものすごく強い引っ張る力がかかります。というのは,海底ケーブルは直径が2.5cmくらいですが,敷設時に船の上から落としていくので,海底に届くまでは海中でぶら下がっている状態になります。長いケーブルの自重で接続部には大きな荷重がかかります。波があれば,さらにその荷重は増大します。それらを考慮して,設計上は8トンまで耐えられるようになっています。
 そのうち,海底ケーブルに光ファイバーを使う研究が一段落すると,再び「機械屋が電気通信の研究所になにしに来た?」という無言の圧迫がまた始まりまして(笑),それで機械の仕事から足を洗い,通信の中味の方に,いわば海から陸の方にだんだん研究テーマも変えていきました。
 そのころ,光増幅器という新しい装置が発明されました。今,ひょっとすると次のノーベル賞はそこから出るかもしれないと言われていますが,そのくらいの画期的な発明だったのです。海底ケーブルに利用すれば,例えば日本からアメリカまで光信号を1回も電気信号に変換せず光のままで届けることができるキーデバイスです。そうした装置を手にすることができる環境だったので,辻内先生の時代に学んだ光計測技術を思い出しながら光増幅器の計測応用の研究に移っていきました。
 辻内先生の時代に学んだ干渉測定やホログラフィーといったものが頭の隅っこに残っていたのですね。帰巣本能じゃないですけれど,研究者ってそういう傾向があるのかなと思いました。何となく勝手知ったる分野でやってみたいという感覚があるのですかね。それで,光増幅器を使った,例えば光スペクトルアナライザーや光共振装置,ホモダイン・デテクションなどに手を付けました。光伝送に必要な測定技術を光増幅器を使って行う研究をしばらくやって,それで東京工業大学から学位をもらいました。
岡村 治男(おかむら・はるお)

岡村 治男(おかむら・はるお)

NTT,NEC,米コーニングで光通信の研究とビジネスにたずさわり,1990年ごろから国際標準化に関わる。2003年,技術や考え方を世界標準にするお手伝いをする(株)グローバルプランを設立。光通信,地球環境,情報格差,国際人材育成などで積極的に発言している。また,2002年から有名なデミング博士の高弟である米国カリフォルニア州立大の吉田耕作名誉教授に師事して,人間尊重・協調・全体観によるサービス業の向上セミナーを展開。日本経済再生の強力なテコと考えている。最近は国際人材の素養について東京大学大学院非常勤講師や経済産業省の出前授業講師などにも従事。日本ITU協会顧問,コーニングアドバイザ,情報通信審議会専門委員,工学博士,経営学修士。

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