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第6回 特別企画 山本和彦・輿水大和『エール的対談』

 最後に余すところ三つ,5番目の動的平衡の話と6番目の深層学習の話,7番の研究テーマの賞味期限というキーワードを共有しています。
 DLが扱う,何がしたいかという問題設定は,これまで私たちが向かい合ってきた画像技術のテーマと1mmも違わないと思います。当然ビジネスに役立てたいですし,研究推進でも本質的な一石を投じることとなるでしょう。それで何らかの可能性を感じて応接しているのが現状と思います。これら3つのキーワードを織り交ぜて,山本先生のお考えを締め括りにお話ししていただければと思います。
 例えばDLについて考える際にも大事なこととして,その科学技術が立脚する前提と仮説は何かを考えてみることです。科学と技術には必ず仮説があろうかと思います。いかがでしょうか。では,深層学習はどんな仮説に基づいているのかが分かれば,自ずと付き合い方が見えてくる気がします。
 山本先生からご紹介いただいた本に竹内 薫さんの『99.9%は仮説』があります。山本先生と私の間では,このことについて考えたいとあれこれと話していました。ちなみに先ほどの話に出てきた佐藤さんや加藤先生など,今までも画像技術をけん引して現在中堅,大物になっている方々が機械学習技術に対して新しい問題を提起していることに僕自身は刮目しています(例えば,本連載『エール』記事)。このことについても,深層学習技術を画像技術界でどのように対峙したらいいか,その中に動的平衡や賞味期限の話も織り交ぜつつ,まとめに向けてお話ししていただければと思います。

山本
 産業革命の時代,ワットの蒸気機関によるエネルギーの有効利用により産業の様相を一変させました。このような状況に対して2種類の人がいました。一つは,蒸気機関を否定する人たち。もう一つは素直に受け入れてその弊害と問題点をクリアして,自分たちの産業に役立ててきた人たちです。
 そのような歴史を考えたとき,DLは産業革命と同じような可能性を秘めていると感じます。AIなどが天上の学者などの世界ではなく一般市民に手が届くところにきた。富士山のようにすそ野が広がって,それを使う技術としてハードウェアも,ツールも,実験も含めそのような状況がみえてきたと思います。
 これに規制などの枠を設けず,育てることが大事と思います。ではこの状況で我々は何をすべきか。これは輿水先生が最近発刊された『画像技術の宝物 上巻』(アドコム・メディア(株))でお話しされているように,我々がそれを支える技術の掘り下げをしてもいい。
 さらにもう少し掘り下げれば, DLでいえば,それまで蓄積したいろいろな画像処理の知識やノウハウなどをどれだけこの世界のなかに埋め込んでいけるかに実践的に取り組むことが勝負所(?)と私は思います。広い意味で,エンジンとしてワットの蒸気機関が産業革命を牽引したように。
 その意味でやはり古いことはできるだけ学んでほしいと思います。それが若い方々含めてこれから新しい,広い意味での情報処理エンジンというような形で裾野を広げる。そのような状況に今我々は置かれていて,右往左往している状況からかつての自分たちのアイデア,感覚を駆使して知識を紹介していく,そしてそれを若者のみなさんにお役に立てるように噛み砕く枠組みが大事だと思っています。

輿水
 おおざっぱで,無茶ぶりなお願いに丁寧にお答えいただいてありがとうございます。ここを避けて通ることはしないという考えもあって少し強引にこの話題を死守しました。

 連載『エール』シリーズは,今回の「対談エール」をもって一旦区切りとなる予定です。このことも意識しながら今回の対談を締めくくっていきたいと思います。
 という訳で,今日の最終,7つ目のテーマである賞味期限の話です。例えば,DL技術は今まで我々が半世紀くらいかかわった画像技術の歴史がその序章であった,と言わんばかりのポテンシャルを湛えた新技術で,深層学習との付き合い方,対峙の仕方という部分に対しては,賞味期限どころか,いつまで食べ続けたら決着がつくのか分からないくらいに賞味期限の長い課題です。この課題はもちろん,画像技術だけが対象ではないジャンルを跨ぐ共通の課題でしょう。
 6番の話題にあげた動的平衡は,学術あるいは技術とそれぞれのよいところをもちますが,それを既成概念や予定調和に縛られず,動的平衡というぐらいなのでダイナミックに,動きの中で新しいことが出るかもしれないという期待を抱きながら付き合えばいいのかも知れません。
 特に昨今,J.ヒントン先生(トロント大)やアルトマン氏(OpenAI)が「Statement on AI Risk(?)」という声明を出しています。本文が10行ほどの文章ですが,ディフェンシブな警鐘が勝ちすぎな宣言にしか僕には感じられなかった。
 新しい道具は使わないという選択はない。DL技術はドラえもんの四次元ポケットのような,時代の道具である。例えば産業界の現場から,ある課題を解決したいとお話をいただいたときの事例として,画像技術なら,この画像をこの技術にこう組み合わせてロジックを組んだというようなものがすでに世の中には多く出回っています。画像をとにかく見せ続け,あなたのやりたいようにラベリングしたら多層ニューロンが「何とかしてくれた例」は多く,その守備範囲と性能にびっくりした人は大勢いて世界がバズっています。
 そして,よく考えれば深層学習DLという技術の根幹は何が仮説かということで,先ほどの竹内 薫さんの書籍のお話で,面白い視点を山本先生から教えていただいたと思います。
 「データセット」といわれるものを見せ続けているとき,ニューラルネット,多層ニューロンをネットワークとしてさまざまなモデルを選んで使われます。でもこれが一番いい,あの仮説は違う認識の人のニューロンを仮説にして作ったものですが,福島邦彦先生や甘利俊一先生の成果に強く依存してその大きい仮説を私たちは手に入れていると思います。この仮説もほかに仮説がないわけではなく,もっと新しいものもあるかもしれない,という欲張った期待感を持ってもいいと思います。
 このような次第で,深層学習の技術に接して産業技術革命に匹敵するぐらいの受け止め方を,期待を持ってもう少し,賞味期限の長い夢を見続けていたいと思います。 山本先生,本日は本当にありがとうございました。

 連載 『エール ―若き画像研究の旗手へ―』はいったん今回で一区切りとなりますが,『エール』を贈りたい人物も事案もいよいよ熱を帯びるばかりです。山本先生におかれては引き続きお力を戴きたくお願い申し上げてあらためて御礼を申し上げる次第です。本日は本当にありがとうございました。

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