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オープンイノベーションでお客さまとギブ・アンド・テークするチームオプト株式会社 光学技術コンサルタント 宮前 博

図2:故小嶋忠さんを囲んで(1986年:小嶋さんは2列目の左から4人目)

早いうちから外部に目を向けたのが今のかかわりにつながった

宮前:その後,光ディスク用の非球面プラスチックレンズの技術をビデオカメラのズームレンズに適用する検討を5年間ぐらいやって,様々な機種の開発に成功しました(図3)。商品が世の中に出るのが面白くて精力的に取り組みました。ですが,一方でもっと光学の専門性を生かしたい気持ちもあって,学会活動を始めたのです。  もともと日本光学会の前身である光学懇話会の時代から,文献抄録委員会で学会誌に抄録を出したりして,いろんな会社の人と交流する機会が増えていきました。また応用物理学会で座長や世話人をやると年に一回,地方へ出張に行ける楽しみもありました。別に論文を投稿するとかではなかったのですが,光学シンポジウムやいろいろな研究会で発表をしたりすると,意見を言ってもらえたり,励ましてもらえたりして大学の先生や同業の人たちとのかかわりが増えて行きました。  当時の光学業界というのはあまりオープンな雰囲気ではありませんでした。特にレンズ設計は各企業がそれぞれ自分のインハウスのソフトウエアを自家薬籠というかたちで使っていて,あまり交流もなかったのです。  チームオプトの社長である槌田さんとの出会いは,光学懇話会の幹事会だったかと思いますが,光学業界が閉鎖的なのはまずいだろうとお互い思っていて,1993年にオリンパスに在籍していた槌田さんが音頭を取るかたちで,私も光設計研究グループの立ち上げのメンバーになりました。  この研究グループの活動の中で1996年ごろ,当時ペンタックスにおられた丸山晃一さん(現チームオプト)やその後急逝されたトプコンの鈴木等さんらと,回折光学素子の基礎理論について突っ込んだ議論をしたことは忘れられない思い出です。  もしも,会社で自社ブランドの事業ばかりに関わっていたら,それに対する誇りがもっと強くて,そこまで外の人と付き合う気持ちにもならなかったかもしれないと思います。若いうちから外部に目を向けていたのが,その後のチームオプトへの参画につながっていったのかもしれません。

激動する中,事業部長をやるのはつらかった

宮前:開発のリーダーをやったあと,2000年ぐらいに,今度はレンズの開発だけではなく,OEMのレンズユニット事業の事業部長を経験しました。ビデオカメラやコンパクトカメラ用のズームレンズ,デジカメのレンズから最後は携帯用のレンズまでやりました。台湾のカメラメーカーに営業に行きましたが,当時は台湾向けにレンズを売ってくれる日本のメーカーはほとんどなかったのですごく歓迎されました。
 工場を中国の大連に作らせてもらって,現地の総経理や従業員と協力して,開発した製品が量産ラインに流れるところまで見届けるのも仕事でした。事業の全体が見えるのは面白く,ものを造ってお客さんからも喜ばれて,事業としても成り立つというサイクルがうまく回っているうちは忙しくもやりがいがあり楽しく仕事ができました。ところが,同じようなことをする会社が増えだんだんとコスト競争が激しくなると,事業の運営が難しくなっていきます。
 そんなころ,2003年にミノルタとの統合がありました。競合していた製品の先方の開発メンバーが自分の部下になったりして,びっくりしました。今までは違う会社なのに,ある日一緒になってしまうわけですから。その後,旧ミノルタのユニット事業も含めたかたちでの統括をすることになりました。
 大連の工場でデジカメのズームレンズの歩留まりが悪いことがあって,電子部品の供給が間に合わなくなったときには,大手の半導体メーカーに頭を下げて何とか部品を分けてくださいとお願いしにいきました。
 携帯のレンズも大変で,画素数が少なかったうちはよかったのですが,メガピクセルの時代になると途端に造るのが難しくなりました。新製品の歩留まりが悪く,事業として立ち行かなくなったのが2006年ぐらいだったでしょうか。会社の中で事業が縮小するという目に遭うのはつらいことでした。そこに関わるメンバーは新しい部署に異動すると人間関係から仕事から全部変わるわけです。私自身は幸いなことに会社人生の3分の2ぐらいは周りの人たちに支えられながら,大きな波に乗れたかと思います。それに対する会社への感謝と少しでも恩返しができたらという気持ちがどこかにあったからその後も続けてこられたのかと思います。
 そのころ,カメラ事業をソニーに譲渡をしました。交換レンズの開発部隊の一部は大阪の堺に残りましたが,一時期事業所の一部がソニーの事業所になりました。事業譲渡をしてソニーに移った人と,コニカミノルタに残ってレンズを開発している人に分かれましたが,その間に私がのこのこ入っていって,こっちで造ったものをあっちで売りますみたいな事業の責任者になりました。コニカミノルタといっても,みんな旧ミノルタの人だし,お客さんも,ソニーといっても旧ミノルタの人という関係でした。
 お客さんと取引先のルーツが一緒というのは,普通はあり得ないです。困ったのは,コスト構成とか手の内を知っている相手に対して値付けを自由にできないことでした。そういう状態でも,何とかやるしかなくて,向こうも状況をよく分かっているから,いろんな人に助けられました。それを結構面白がってやっていました。

図3:量産化したビデオカメラ用各種ズームレンズ(1990-1996年:斜線はプラスチックレンズ)


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宮前 博

宮前 博

●宮前 博(みやまえ・ひろし)さまのご経歴
1955年 東京都生まれ 1979年 東京大学理学部物理学科卒 1979年 小西六写真工業㈱(現コニカミノルタ㈱)入社 2003年 同社オプティカルユニット事業部長 2016年10月 チームオプト㈱光学技術コンサルタント
●研究分野
光学設計最適化理論,幾何・波動光学の基礎,光学結像理論,収差論,屈折率分布型素子,回折光学系,レーザー光学系設計,ズームレンズ設計
●主な活動歴
(一社)日本オプトメカトロニクス協会人材育成委員長,(一社)日本光学会監事
●チームオプト株式会社について
チームオプト株式会社は日本の光学産業発展に貢献したいとの理念を掲げ,2015年10月に設立した光学技術コンサルタント会社。光学メーカーや研究機関等で光学技術についての豊富な経験を積んだメンバーを集め,光学設計(カメラ,顕微鏡,光ピックアップ,照明用レンズ,ズームレンズ,回折レンズ等)はもちろん,光学理論,光学測定評価,光学ソフトウエア,先端光学技術など多岐にわたるコンサルティングや教育を行う。
URL: http://www.team-opt.co.jp/

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