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「これなら,俺は,やりたい」と思えるようなものをつかまえさせるのが教師の役目小柴 昌俊

苦労して,雑音を除去して太陽からのニュートリノを観測した

小柴:これは,それまでの玉よりも感度が16倍も上がってしまったので,今まで見えなかったものが見えるようになりました。同時に,周りからの雑音もたくさん拾うようになりました。つまり,周りの岩から出てくる放射線のガンマ線が水の中の電子をたたいて電子が走りだすと,その電子も光を出すから,それが見えてしまいます。そうすると,細かいものが見えるのは良くなったんだけれども,雑音も多くなってしまうので,私は考えました。
 陽子崩壊なんて,いわば一発勝負のことだけやっていたら,アメリカに負けてしまいます。これで感度を良くしたのだから,われわれとしてはもっと地道に「これなら,いける」というのをつかまえるべきではなかろうか。太陽がニュートリノをたくさん出している。その太陽のモデルは分かっているから,太陽からのニュートリノがカミオカンデの水の中の電子をぱんとたたいて電子が走りだすのがどのくらいの頻度であるかを計算してみると,10日に1遍ぐらいはそういうことが起こっても不思議ではないことが分かったので,「よし。それでは,これを狙おう」ということになりました。  だけれども,太陽から来るニュートリノといったって,エネルギーがそんなにでかいわけではないです。数MeVという電子が走りだしたのを,周りの雑音を除去するいろいろな手配をしなければいけないので,本体の周りにさらに水の層をつくって,アンタイコインシデンス(anticoincidence=反同時発生)という別の層をつくって,それから水の中のラドンの量も減らすとか,雑音を減らすのに大変苦労しました。それで,ようやく,太陽からのニュートリノがそれと見分けられるようにできたわけです。
 それが,ニュートリノを測り始める最初でした。
 太陽からのニュートリノがちゃんと見えるようにできたのは,1987年正月の元日でした。私はそこから太陽ニュートリノの観測を本気で始めたのです。それから二カ月ぐらいたったときに,超新星からのニュートリノが,パルスが固まってぱっと入ってきて,それがきれいに見えたわけです。そういった点では運が良かったということですね。私は,そのデータが出たときに箝かんこう口令を敷きました。もし間違いがあって,実際のシグナルでなくて何かの雑音がこんなふうに見えたとかいうふうなことになったら,大変な恥になりますから。「1週間,絶対に人に漏らすな」と言いました。そして,ありとあらゆる雑音の可能性を調べて,これは雑音ではなくてちゃんとした信号だということを確かめてから,アメリカの『Physical Review Letters』という雑誌に論文を出しました。実験屋というのは,不注意な間違いを一度やると,それから先,信用されなくなりますから。
 同じような水の実験というのは,先ほど話したライナスたちがもっとでかい水槽を使ってやっているわけです。そこにいる若いアメリカのユダヤ人が,日本にいる私に電話をかけてきて,「おまえの方で見つけるより前に,われわれの水槽実験で超新星のシグナルを見つけているんだ。だから,最初に見つけたのは俺たちの方だ」と言ってきたんですね。それで,僕は怒鳴りつけてやっつけてやりました。
 われわれの信号が何日の何時何分何秒にこれだけのシグナルが来たということを,ある学者に教えたら,その人が不注意にも「日本の神岡で何日何時何分何秒にこういう信号が見つかって」と,アメリカのライナスのグループに属していた学者に話してしまったのです。彼はすぐ自分たちのデータを見て,そのままでは彼らには雑音がたくさんあって分からないのですが,うちの言った時刻には何個かの信号が固まっているのはわかりました。それで,その若い学者は「俺たちが先に見つけたんだ」というようなことを言いだしたのです。それをやっつけてやりました。
 そういうこともあって, 結局『Physical Review Letters』では,われわれの論文がまず出て,それに引き続いて追認するという格好でアメリカの論文が出たわけです。 <次ページへ続く>
小柴 昌俊(こしば・まさとし)

小柴 昌俊(こしば・まさとし)

1926年 愛知県生まれ 1951年 東京大学理学部物理学科卒業 1955年 ロチェスター大学大学院修了(Doctor of Philosophy) 1958年 東京大学助教授(原子核研究所) 1963年 東京大学助教授(理学部) 1967年 東京大学理学博士取得 1970年 東京大学教授(理学部) 1974年 東京大学理学部附属 高エネルギー物理学実験施設長 1977年 東京大学理学部附属 素粒子物理国際協力施設長 1984年 東京大学理学部附属 素粒子物理国際研究センター長 1987年 東京大学名誉教授 1987年8月?1997年3月 東海大学理学部教授 1994年 東京大学素粒子物理国際研究センター参与 2002年 日本学士院会員 2003年 財団法人平成基礎科学財団設立 理事長就任 2005年 東京大学特別栄誉教授 2011年 公益財団法人平成基礎科学財団へ移行 理事長就任
●研究分野 素粒子物理学
●主な活動・受賞歴等
1985年 ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字章 1987年 仁科記念賞 1988年 朝日賞 1988年 文化功労者 1989年 日本学士院賞 1997年 藤原賞 1997年 文化勲章 2000年 Wolf賞 2002年 ノーベル物理学賞 2003年 ベンジャミンフランクリンメダル 2003年 勲一等旭日大綬章 2007年 Erice賞

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