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シリコンフォトニクスは最終兵器これに代わる術は未来永劫生まれない横浜国立大学 大学院 工学研究院 教授 馬場 俊彦

世の中の人に分かりやすく役に立つところも見える

聞き手:最後に光学分野の若手技術者や学生などに向けて光学分野の面白さやメッセージをお願いします。

馬場:今,感じていることは,30年前に比べて科学技術の社会に対するインパクトが減っているということです。例えば「インターネットはすごいでしょ」と言っても,世の中の人々が「確かに世の中が変わった」と言うかということです。
 LED照明も技術に興味が無ければ,単に新しいランプでしょ,としか思わないのではないかと。ちょっと電気代が安くなるかもしれないけどこのランプは高いねとか。ですから我々技術者があれはすごいと思うものでも,フラットな目で見たときに明らかに分かるぐらいのインパクトを持つ物,例えば飛行機や自動車,冷蔵庫が出た当初のような大きなインパクトを持つものが減っていますよね。近年でかなり世の中を変えたと思うのはやっぱりインターネット,そして携帯電話だと思います。ただ,インパクトがあっても一気に浸透して,あっという間に落ち着くというパターンです。本当に世界を驚かすことはなかなか難しくなったと思います。
remark53_5 大学ではよく基礎を学べと言われます。私も「基礎が大事だ」とずっと言い続けてきた派でしたが,同じような基礎でいいのか,最近は少し疑問も感じ始めています。何か突破口を開くためにはもう一歩,外に踏み出す,基礎の軸足を移す必要もあると。技術やデータそのものが注目されることが減って,ちょっとしたアイデアやちょっとした組み合わせから成功する例が多くなっているので,あまり厳格にこれまでの基礎に対する信念を持ち続けるのも,基礎から外れている人たちを異端視するのも危険かもしれないと。光は通信が得意ですから,これからも通信で何かしようとする時には絶対に光を使うでしょう。あとはバイオ分野でもそうですが,何かを検査したり刺激を与えたり,遠隔的に何かをするのに光を使いますから,少なくともツールとしては絶対に廃れないでしょう。こうやって使っていく中でいろいろな新しい光物理が出てきて,その繰り返しで境界領域を広げていけば,光の魅力は全然衰えずに,これからもかなりの間,メインストリームに居続けると思います。
 最近,東工大の末松先生(東工大元学長,栄誉教授)に繰り返しはっぱを掛けられるんですが,特に言われているのはシステム指向の研究の必要性です。デバイス屋がデバイスのための研究なんかやっていてはだめだと。光分野の場合には,光ファイバー通信が長い間,錦の御旗でした。電波の通信が頭打ちになったので,光をやらざるを得ない。世の中の最優秀の研究者たちが,やれ光ファイバーだ,半導体レーザーだ,フォトダイオードだとどんどん開発して,そのどれもが不可欠な要素で,それをやらないと全体が立ち行かないという状況になり,やることが世の中の使命だったと思います。この例のように,そもそも夢のあるシステムがあって,その夢のエレメントとして研究を行わなければならないということです。ストーリーをはっきりさせないで,単にデバイスを良くしようと研究してもだめだというのは,本当にその通りだと思いました。ただ、いわゆる今のシステムを研究している人たちの意見を聞くというのもちょっと違うと思っています。システム屋は新しいデバイスを期待はしつつも、すぐ,例えば1年以内に満足するものができなければサッサと見限りますからね。デバイス研究には5年,10年かかるものが多いですから,出来上がった頃にはシステム屋にとってどうでもいいものになっている可能性が大きいです。ですからシステム屋の意見はちょっと参考にするけれど、全体像は全部自分で考えて,あとは自分のセンスと運を信じて必要なデバイスを作っていく気合いがないと結局ダメなんだろうと思います。そんなこと意識して,シリコンフォトニクスの光集積回路とバイオセンサーを自分の定年までの15年間で完成させようと思っています。
 というわけで,まるで受け売りですが,今の若手研究者の方もシステム指向を意識して欲しいです。また全体像のわかりやすさが重要でしょうね。一般社会が理解しないような科学技術ばかりではいけないと思います。何が上にあるのかはっきりしないうちから基礎をやって,きっとそれが深い世界なんだと思うのは,ちょっと勝手な思い込みというか,自己満足の世界だろうと。そうではなく,もっとシンプルに,世の中の誰でもが分かる,世の中を変えるモノをまず想定しておいて,その下の話を一歩一歩やっていくというのが本当の正しい研究だと今更ながらに考えています。
光回路によるロゴ

光回路によるロゴ

 フォトニック結晶の研究はフォトニック結晶自体が非常に面白かったので,そこは良かったのですが,そろそろ世の中に「お前,何か作れ」というのはそういうことなんだと思ってます。世の中に対するメッセージというよりは私のぼやきですね,これは(笑)。
 末松先生はなかなか先見の明が凄い先生です。今から10年以上前に,文科省関連の結構重要な役職をやっておられたんですが,当時から,理系で日本語を使っていては駄目だ,全部英語にするべきだという意見を述べておられました。当時は何てラジカル,というかとんでもないことを言う先生だなと思っていました。
 実は私は去年まで専攻長という役職でしたが,自分が所属するコースの大学院の全ての授業を英語で行うようにしました。日本人は今もかなり英語が苦手で,国際会議に行っても発現力が弱まっています。先ほど言ったように,以前に比べるとデータにみんなが一喜一憂するようなテーマはそれほどなくなり,アイデアや組み合わせで新しい何かが生み出されることが多くなったのですが,そういうことが起きる時には言葉の説得力がすごく重要になります。それが日本人は昔からデータに頼って発表してきていたので,今になってこてんぱんに負けている感じがします。中国をはじめアジア諸国は,率先して英語教育を進めていますから,この状況について行けていますが,例えば日本の学生はすごく簡単な,誰でも知っているような単語も知りませんから非常にまずいと思っています。
 昔,私が国際会議で初めて発表したときは,型どおりの発表をし,質疑応答があって,みんなはい拍手,みたいな一種の儀式のようでしたが,今はもっともっとフランクに話して議論しようという雰囲気です。議論できなかったら「お前何で来たの?さっさと終わりにしよう,はい次」となります。冷たい感じもしますが,ある意味素直な対応に変わってきたとも言えます。今の若者は昔よりもよほど英語がうまくないと戦えないですね。
remark53_7 大学院の授業を全部英語に変えると,まず学生は寝ません。寝たらもちろんそうですが,英語だと適当に聞いていても内容が分からなくなりますから,唇から視線を外したらおしまいだという感じで,じーっとすごい集中力で授業を聞いています。もちろん,内容で分からないところもあると思いますが,日本語の授業と比べて分からないことだらけかというとそうでもない。理系のありがたいところは,文系のように表現で内容が変わるのではなく,内容自体が共通言語になっていて,言葉が通じなくても内容で理解できるところです。英語の語彙があまりに少ないと問題ですが,テクニカルタームは随時日本語に翻訳しつつ教えるので問題ありません。学生たちもみんな楽しんでいるようで,何でこういう授業が今までなかったのかと言う学生もいます。今では工学部全部でやろうという話が進んでいます。
 授業1科目1.5時間で15時限,全部で約22時間ですから,もし10科目取れば200時間以上は英語に接することになります。どんどん英語に触れることで抵抗感が減りますし,英語で話すことへの緊張感も取り払らえます。少し前まで,オーストラリア人のネーティブスピーカーがうちのスタッフにいまして,彼によく「この言い方はどっちが正しい?」と聞きましたが,彼は「こっちだと思うけど,でもどっちでもいいでしょう。伝わるんだから」と言っていました。正式文書はともかく,普段の会話は文法よりも内容を早く進めましょうという感じで,こまかいところはこだわっていないんです。
 あと英語のほかにも,末松先生がもう一つ仰っていたのは,女性の社会進出は絶対に必須になるから徹底してやらなければいけないということでした。今では男女共同参画という言葉がありますが,当時はそんな言葉もなく,私は末松先生からしか聞いたことがありませんでした。女性に理解をしてもらわないと,社会の理解がしぼんでいくと仰ってました。子供は父親の話なんかあまり聞かない,多少は聞いても母親の影響力の方がはるかに大きい。だから,母親をもっと理系にして,技術者にしなければいけないと。半分は女性でいいんだということを,だいぶ昔に仰ってました。
 今,大学で女性スタッフを増やせと言われていますが,母集団が大きくないのでなかなか難しい。そう考えると,学生は半分近くが女子でもいいと思います。そんなに来ないという意見もありますが。理系でも本格的な資格が取れる化学とか薬学,建築は女性が多いです。おそらく女性の場合,働き始めてからいろいろな変化を経験しますから,その変化を乗り越えられる立場や資格は重要視されるんでしょう。光の分野で残念ながらそれに相当する資格がありませんが,いずれにしても女性をもっと増やして,光に対する理解を高めたいところです。
 ところで,末松先生には,実用性の高いしっかりした研究をやりなさいと言われてきました。当時非常に難しかったフォトニック結晶ナノレーザーの室温連続動作というのがありましたが,それがあるときできたんです。末松先生にそれを報告をすると「君頑張ったね」と言われましたが実は,それは光励起だったんです。電気でではなく光で動くんですが,それがちゃんと伝わっておらず,説明の途中で光励起ということが分かると「え,君,何てばかなことをやっていたんだ。光励起なんて何の役にも立たないんだよ。こんなばかなことをやっていたのかね」と途中で話が全然変わってしまって。すいませんすいませんと謝りどおしでした。
 でも,光励起なんか役に立たないと言われたら,絶対役に立つ光励起を作ろうと思いまして,さっきのセンサーチップを考えました。センサーチップは使い捨てですから電気のいろいろな回路を付けていたらプロセスが複雑で単価も手間もかかります。上からぱっと光を当てたらぱっと光って,それで使える便利さが必要で,むしろ光励起の方がセンサーには向いているんです。ある会社に行って講演したときも,昔からレーザー研究をしていた所長さんに「はっきりとしたコンセプトを持つと光励起でも使えるかもしれないですね」と言っていただきました。いずれは伊賀先生や末松先生に,「先生,フォトニック結晶ナノレーザが実用化に至りました」と言いたいですね。今はまだ胸を張る状況ではありませんが,末松先生にはこてんぱんに言われたので,絶対にものにするしかないです(笑)。
 「人からなかなか理解されない夢みたいなこと」,もちろんそういうことは諦めたくないから,もっともっとやりたい。でも,「世の中の人に分かりやすく,役に立つところも見える」基礎をやるのもきっと楽しいだろうと思います。
馬場俊彦(ばば・としひこ)

馬場俊彦(ばば・としひこ)

1962年長野県出身 1985年横浜国立大学工学部電気工学科卒業 1990年横浜国立大学工学研究科電子情報工学専攻博士課程修了 1990年東京工業大学精密工学研究所助手 1993年横浜国立大学工学部電子情報工学科講師 1994年横浜国立大学工学部電子情報工学科助教授 2001年横浜国立大学大学院工学研究院知的構造の創生部門助教授 2005年横浜国立大学大学院工学研究院知的構造の創生部門教授
●研究分野:光エレクトロニクス,光物理
●主な受賞歴等
2012年市村学術賞功績賞 2011年電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ賞 2007年IEEE/LEOS Distinguished Lecture 2006年電子情報通信学会論文賞 2006年日本学術振興会賞 2000年丸文研究奨励賞 1994年電子情報通信学会論文賞 1994年電子情報通信学会学術奨励賞 1991年丹羽記念賞

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