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シリコンフォトニクスは最終兵器これに代わる術は未来永劫生まれない横浜国立大学 大学院 工学研究院 教授 馬場 俊彦

手探りでもいいから一歩一歩突き詰めていく

聞き手:研究・開発プロセスにおいて,自信を喪失されたり試行錯誤して苦悩された苦いご経験がありましたら,是非そのエピソードをお聞かせください。

馬場:研究でうまくいかないことはいっぱいありましたが,研究はそんなものだろうという気持ちがありましたし,自分の中で解決策をいろいろ考えて,手探りでもいいから一歩一歩突き詰めていくことを常にやっていますので,それほどつらいと思ったことはありません。
 ただ博士課程のときはすごく研究がつらいと思いました。でもそれは成果が出ていないからではなく,自分の全体としての能力が足りないことがつらかったです。研究のアイデアも未熟なら,それをやるプロセスも未熟,後輩もたくさんいましたが,その後輩たちをまとめる手腕も未熟でした。その未熟さがいろいろなところから全部自分に跳ね返ってきて,ストレスもたまり大きな疲労を感じていました。博士課程の研究自体は意外とスムーズにいった方だと思いますが,それ以外の部分が大変つらかったです。今,考えても,大学のときにそういう体験をできたのは本当に貴重でした。
シリコンフォトニック光集積

シリコンフォトニック光集積

 東工大で伊賀研にいたときは,大きな会社や研究所と戦うような研究をしていました。新しいデバイスを作るのに,ほぼ365日それこそ始発から終電まで,または徹夜で,というノリで研究していました。でも精神的には博士課程の修業のおかげで,本当の意味でストレスがたまることはありませんでした。いろいろな会社,NTTとかアメリカのベル研究所がここまで成果を出したけど,うちはどうなっているのという話が出た時には,これは何とかしなければいけないと思いましたが,自分の中では結構,冷静に対応できていたと思います。
 失敗と言えば,伊賀研でずっと続けていたあるプロセス――それは1カ月以上かけて完成まで来たものがあったのですが,装置のスイッチを切ろうとカバーを開けたら,開けた所にデバイスがあって,床に落ちたんです。それが全部ばらばらになって「落ちたぐらいであんなにばらばらになるのか」と思うぐらい完全にばらばらになりました。あのときは本当に脱力しましたね。今日も1日ここまでやったな,あしたも朝からやるしかない,でも今日は終わった,と。帰ってビールでも飲むしかないなと(笑)。
 私は3年目の3月で伊賀研から横浜国大に戻りましたが,その本当にぎりぎりまで,光通信用のVCSELのすごく時間のかかるデバイスを作り続けていました。さきほどのばらばらになったのもそれです。結果的に2月の末にデバイスが完成して3月の頭に初めて室温連続動作に成功し,3月8日ぐらいにアメリカの国際会議で発表して,私としては「伊賀研の仕事がやり終えられたな」という感じで良かったです。 <次ページへ続く>
馬場俊彦(ばば・としひこ)

馬場俊彦(ばば・としひこ)

1962年長野県出身 1985年横浜国立大学工学部電気工学科卒業 1990年横浜国立大学工学研究科電子情報工学専攻博士課程修了 1990年東京工業大学精密工学研究所助手 1993年横浜国立大学工学部電子情報工学科講師 1994年横浜国立大学工学部電子情報工学科助教授 2001年横浜国立大学大学院工学研究院知的構造の創生部門助教授 2005年横浜国立大学大学院工学研究院知的構造の創生部門教授
●研究分野:光エレクトロニクス,光物理
●主な受賞歴等
2012年市村学術賞功績賞 2011年電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ賞 2007年IEEE/LEOS Distinguished Lecture 2006年電子情報通信学会論文賞 2006年日本学術振興会賞 2000年丸文研究奨励賞 1994年電子情報通信学会論文賞 1994年電子情報通信学会学術奨励賞 1991年丹羽記念賞

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