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常に新しいことにチャレンジするのが研究の醍醐味東京農工大学 名誉教授 黒川 隆志

世界で1つのものを自分たちで作りだす

聞き手:周波数コムや二光子吸収による距離計測などについて,将来的な展望等をお聞かせください。

黒川:いや,展望はあまりないんです(笑)。
 先ほどもお話ししたように,NTTでの研究は目的志向型でした。「通信のこういう役に立つものを作らないといけない」というのがはっきりしていて,基本的にエンジニアリング指向で,サイエンス指向ではなかった。でも,大学にきてからは,役に立つかどうかは二の次で,まずサイエンスを追求しようと考えています。といっても,もともと企業出身なものですから,サイエンスに徹しきれないで,どうしても役に立つことも考えてしまうのです(笑)。
 現在,光周波数コムを利用した,地球外惑星探査の観測装置の研究を行っています。以前から,干渉計の研究を天文台の方たちと行っていたのですが,その時知り合った天文台の方が,「光周波数コムを太陽系外の惑星を探査のための装置に使いたい」と声を掛けてくれたのです。恒星からくる近赤外光のドップラーシフトを測定して,その恒星の周りに惑星が回っているか調べようというのです。広い波長範囲に渉ってMHzのシフトを測定するために,周波数コムを分光器の基準光源に用いようというわけです。最初は天文分野ということでちょっと戸惑いましたが,よくよく話を聞いてみると非常に面白い。光通信の最先端技術を天文の最先端分野で使うということで,異分野同士を融合して全く新しいものが拓ければと思い,この4,5年は一生懸命取り組んでいます。
 これは光周波数コムの全く思いがけない応用ですが,これこそ大学でしかできないことだと思います。製品化しても1個しか売れませんし,ある程度自分の持ち出しで作らないと思うようなものはできませんから,企業は全くやる気を起こさないと思うんです。
 短光パルスは,周波数コムをWDMの光源にしたり,計測に使用したりと目的がはっきりしていますので,ある程度うまくいきました。ただ,大学では目的型の研究から実用化に至るのはなかなか難しく,どうしても中途半端にならざるを得ないところがあります。
 それに対して自分の研究が応用できる分野を開拓し,ある意味でのプロダクツを創るというのは非常に面白い。量産化が前提ではなく,1個だけいいものを作ればいいというのも,企業には不向きでも大学の研究には向いています。われわれが作るのは研究のツールですから,信頼性とか寿命よりも,精度であるとか性能が重視され,コストも厳しく言われませんから,非常にやりやすいです。本当に世界で1つのものを,自分たちでしか作れないというのも,学生の研究テーマとしても非常にいいテーマだと感じています。
 研究が始まってからすばる望遠鏡を見学させてもらうことができたのですが,行って見ると本当に感動しますよ。ハワイ島の山の上にあるんですが,標高が4200mほどで,周りの海がよく見えます。望遠鏡も日本の技術の粋を尽くした感が有り,感動しまして「ぜひこれに私たちの作ったものを設置したい!」と,いま研究している装置を,2年後には「すばる望遠鏡」に据え付けようと決めました。それを前提に研究予算を文部科学省からもらっていますので,相応の責任がありますけれど……。
すばる望遠鏡の前にて(黒川隆志先生ご提供)

すばる望遠鏡の前にて(黒川隆志先生ご提供)

 また別の苦労もあります。大学で実験をする場合には,大きな光学定盤の上に機器を並べてばらばらのバラックセットでやっているのですが,さすがにそれを望遠鏡で行うわけにはいきませんから,ちゃんと箱に入れ,ボタン1つを押したら全部が動くようにしなければなりません。設置場所の温度は0℃ぐらいで気圧も低い過酷な環境です。それを全部リモートで制御するのですが,実際に使用する人は天文観測学が専門で,装置の原理なんて分からなくてよいわけです。ボタンを押したら難しい調整をせずに,ほしいデータが出てこないといけない。富士山より高い場所で,高山病にかかる人もいるほどですから,複雑なオペレーションはできません。装置のでき具合としては量産品よりは緩い感じですが,要求は結構厳しいです(笑)。私も企業にいた経験からその辺りの感覚は大体分かりますが,ずっと大学にいる人だとちょっと引いてしまうかもしれません。
 予算も無い中で行ってきた研究が,こういうふうに実を結ぶとは思っていませんでした。ただ,天文学というのは通信と非常に密接でして,最新の通信技術と結構結び付いているんです。例えば,電波天文学は戦前にベル研で発祥しているんです。今だと,フォトニッククリスタル・ファイバーといったものがすばる望遠鏡で使われています。何十キロも上空にあるナトリウム層にハイパワーレーザーを発射して,生じた光点を基に望遠鏡の焦点を合わせます。この時,装置から望遠鏡までの数十メートルの間をファイバーでレーザー光を運ぶ必要がありますが,ハイパワーなのでファイバーヒューズが起きてしまいます。そこで,フォトニッククリスタル・ファイバーを使ってパワー密度を下げるのです。はじめに聞いたときは,なんで天文の人たちがフォトニッククリスタル・ファイバーを知っているんだろうとびっくりしたものです。 <次ページへ続く>
黒川隆志(くろかわ・たかし)

黒川隆志(くろかわ・たかし)

1948年茨城県生まれ。1971年東京大学 教養学部基礎科学科卒業。1973年東京大学理学系研究科 修士課程修了。1973年日本電信電話公社入社。1984年日本電信電話公社 茨城電気通信研究所 企画管理室調査役。1988年NTT光エレクトロニクス研究所 研究グループリーダー。1998年東京農工大学 工学部教授。2013年東京農工大学 名誉教授。
●研究分野:光信号処理,光計測,天文光学
●1989年MOC/GRIN ’89 国際会議 最優秀論文賞。1990年OEC ’90 国際会議 最優秀論文賞。2007年応用物理学会フェロー。

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空と偏光

2020.03.25

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東京工業大学 松谷 晃宏