常に新しいことにチャレンジするのが研究の醍醐味東京農工大学 名誉教授 黒川 隆志
からっぽの研究室でスタート,研究費は自力で工面
聞き手:企業から大学へと研究の場を移されたわけですが,莫大な研究費を使えるNTTから,国立大へ移られてご苦労も多かったと思いますが。黒川:そうですね。研究費は激減しましたし,給料も減りました(笑)。NTTの時には,10~15人のグループで,年間に少なくても数億ぐらいを使っていました。ところが,大学では学生の数を入れると,人数はほぼ同じなのですが,研究費はよくて1000万とか,そんな感じです。特に就任した初年度は予算が全然ありませんから,だいぶ苦労しました。多分どの大学も同じだと思いますが,基本100万~200万の予算しかありませんから,ほとんど生活費でなくなってしまいます(笑)。これでは本当に何もできませんから,必要な研究費は自分で何とか工面する必要がありました。
就任した時には,研究室も自分の部屋と学生の部屋と実験室だけで,机もない,本棚もない,何もないがらんどうの部屋でスタートしました。自分の机と椅子,パソコンなどを買いそろえるだけで,あっという間に研究費が無くなりました。就任決定が2月でしたので,配属になる学生がいなかったので助かりました。おかげで,最初の1年間は非常に暇で,いろいろテーマを考え,予算の申請書を書いたりしながら,丸々1年間をかけて「何をやろうか」と十分考えることができました。
NTTにいた時は,デバイス作成が中心でしたが,デバイスの作成にはクリーンルームなどの設備や高価な装置が必要です。大学中を探してもそんなものはありませんし,購入することも難しい。それならば,デバイスの製作はやめてしまおうと,研究の内容を根本から変えることにしました。本当は,NTT時代の最後の方で行っていたピコ秒のパルス合成の研究を引き続きやりたかったのですが,予算不足でしばらく寝かせることにしました。NTTとは,資金面もスタッフの人力も違いますから,競争したら負けるに決まっています(笑)。同じ土俵に上がらないように,NTT時代とはあまり関係ないことを研究しようと考え,もらってきたデバイスや単価が安い装置を組み合わせて行える実験,計測関係の光コムや二光子吸収などの研究を行うことにしました。
そうして研究室が始まって3,4年たったころに,総務省の競争的資金に採択され,年間当たり5000万円の研究費を5年間,合計2億円以上いただくことができました。第1回の公募でしたが,多分申請者が少なかったので受かったのだろうと思っています。今はどの大学も「とにかく応募しろ」とはっぱをかけるので誰もが応募しますが,当時は研究費の公募もあまり知られておらず,大部分の人が申請しなかったのではないでしょうか。私は金策に走っていたものですから,何でも取りあえず全部申し込むというスタンスでした(笑)。そうやって得た研究費で短パルス合成などの研究を開始することができ,研究室も充実していきました。 <次ページへ続く>
黒川隆志(くろかわ・たかし)
1948年茨城県生まれ。1971年東京大学 教養学部基礎科学科卒業。1973年東京大学理学系研究科 修士課程修了。1973年日本電信電話公社入社。1984年日本電信電話公社 茨城電気通信研究所 企画管理室調査役。1988年NTT光エレクトロニクス研究所 研究グループリーダー。1998年東京農工大学 工学部教授。2013年東京農工大学 名誉教授。●研究分野:光信号処理,光計測,天文光学
●1989年MOC/GRIN ’89 国際会議 最優秀論文賞。1990年OEC ’90 国際会議 最優秀論文賞。2007年応用物理学会フェロー。