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ターゲット・オリエンテッドな技術的展開が次世代へ向けたものづくりの価値を構築する埼玉大学研究開発機構オープンイノベーションセンター 客員教授 山本 碩?

工作機器の転換期数値制御の時代へ

聞き手:精密機械は現在のものづくりの根幹ですが,その分野の精密機械に山本さんが進まれたきっかけは何でしょうか?

山本:当時,機械工学という領域が面白そうだということで行ったわけですが,本当は数学科へ進みたかったのです。しかし,父親から「数学科では食べていけないだろう」と言われ……。高校の先生に相談したところ「機械工学だったら,つぶしが利くから」と,受験しました。

聞き手:大学を卒業されてキヤノンに入社されるわけですけれども,選ばれた理由は?

山本:当時,企業からの奨学金がいろいろありまして,私はキヤノンの奨学金にお世話になりましたが,その時の面接官が最後に「ぜひ,キヤノンに来なさい」と言われたのが決め手でした。流体工学を専攻していましたから,カメラや精密機械が好きで,といった動機ではありませんでした。最初は,生産技術関連の加工用治工具を設計する部門の工機設計課に配属されました。そこで現場の経験を積むために設計を1年,その後,職人さんに交じって工場実習をやりながら,夜間には富士通の電算機学校に通いました。ちょうど,コンピューターと工作機械がドッキングした数値制御(CNC)工作機械の出始めで,ファナック(当時・富士通ファナック(株))などが制御部分のソフトウエアを開発し,販売を始めたころです。現場の技術者たちと一緒にCNCについて徹底的に解明しようと取り組み,1年の実習がほかの人より年半も延びてしまいました。

聞き手:今後,製造機器のIC化がキモになると読み,電算学校に行かれたのですか?

山本:いやいや,先見の明とかではありませんよ(笑)。当時,CNCのはしりの時代でもありましたし,もともと,大学院のときに流体でコンピューターシミュレーションなどをやっていて,少しやり残したなという感もありましたので,自費で通いました。COBOL,FORTRAN,アセンブラといったプログラミングの基礎を学び,コンピューターの構造やソフトの階層化論理構成など,非常にいい勉強になりました。卒業は必須ではありませんでしたが,大変厳しく,初歩コースを経てアドバンスドコースを卒業するころには,最初40~50人いた生徒が半分に減っていました。会社も自由な雰囲気で,当時の部長が「電算学校に通ったのだったら,ちょっとやってみろ」と,入社3年目の私にソフトウエア開発を任せてくれ,先輩2人と,自動旋盤用カムの自動設計プログラムを開発することになりました。三菱のMELDASに,作りたてのFORTRANをデバッグしている最中のパソコンを使って導入しましたから,最初からリスキーなことをやっていたなと思いますよ。それでも1年後には,ある工作機械メーカーに導入することができました。その後,非球面研削加工機の制御ソフトの開発を担当し,量産向けに応用展開できる機械を2年で作ることができました。いま思うと,仕事を任せてくれた部長は懐が深いですよね。

聞き手:通常は2年で開発できるものではないですよね?

山本:ええ,そうですね。IBMの大型コンピューターを使ってカードベースでデータを作り,それをクロスアセンブラーでPDP8用のデータとして紙テープに変換させ,それを読み込ませる……と,大変でした。それも,事務管のコンピューターを拝借しての開発でしたから。部門横断的に仕事していましたね,何のおじけもなく(笑)。キヤノンは自由にやらせてみるというスタンスの会社で,今でもそれが強みになっています。コンピューターを使って工作機械を制御するなど初めてのことであり,この機械を動かすことに必死でした。最後は,制御のハード側担当と毎日けんかですよ,お互いに「おまえが悪い」と(笑)。結局,そのボードの接触が悪かったということに気付き,見事に動きました。そして,1974年には非球面レンズの量産技術として貢献することができました。その後,この機械にエアベアリングが使用されていて,これは精度を出す要ではないかということになり,「山本は流体をやったことがあるだろう」と,今度は軸受けの流体解析をやることになったわけです。 <次ページへ続く>
山本 碩?(やまもと・ひろのり)

山本 碩?(やまもと・ひろのり)

1969年,九州大学工学部工学研究科修士課程修了。同年,キヤノン(株)に入社し工作機械設計課に配属。1982年に生産技術部主幹研究員,1983年に超精密研究部機械要素研究室室長。1994年(?97年)九州大学工学部非常勤講師,1996年生産技術研究所所長。1998年に生産本部副本部長,1999年に取締役兼コアテクノロジー開発本部長,2001年にディスプレイ開発本部長。2003年に同社先端技術研究本部部長に就任し,日本機械学会の生産加工・工作機械部門部門長を兼任。2004年に同社常務取締役,日本機械学会のフェローに。2005年に同社生産技術本部長兼グローバル環境推進本部長に。2007年,キヤノン電子(株)に移籍し取締役副社長就任。2010年に?埼玉県産業振興公社(旧・?埼玉県中小企業振興公社)の理事長を就任,2012年に同公社を退任。同年4月,埼玉大学研究開発機構オープンイノベーションセンター客員教授に就任,現在に至る。研究・専門テーマ:精密機械要素,精密加工機,精密加工

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