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「理学」が「工学」に大きな進展をもたらし,それが新たな「理学」の世界を生み出す。(後編)東京大学 名誉教授 清水 忠雄

原理的な見直しが大きな躍進をもたらす

「理学」が「工学」に大きな進展をもたらし,それが新たな「理学」の世界を生み出す。(後編) 聞き手:現在は昔と違って,インターネットも普及し,研究者の研究環境も大きく変わっていると思います。さらに科学分野も事業仕分け等で,研究の方針を見直さなければならないこともあると思いますが,先生の長年の研究生活から,このような時代に世界をリードするような研究成果を出すためには,日本の研究者はどのようにしたらよいとお考えですか?

清水:この20~30年,通信機器の発達はめざましいものがあります。インターネットの普及は世の中のあり方だけでなく,学問の世界もすっかり変えたと言っても過言ではないでしょう。われわれが研究者として仕事を始めたころは,海外とのやりとりは大変でした。とにかく片道1週間以上かかることは覚悟しなくてはなりません。例えばある学会に,期限に間に合うように参加を申し込んだりするためには,少なくとも10日前には書類を発送しました。現在は電子メールで即座に申し込みができますし,リアルタイムで議論もできます。
 このように何もかもがスピーディーに進む中,資源と人材は有限ですから事業仕分けというのは,それなりに意味のあることだと思います。このような言葉が出てきたというのは,決して悪いことではないと思います。事業仕分けで実際にいろいろな予算が削られたとカッカしている人が多いわけですが,やはり一度はカッカする必要もあると思います。科学技術立国を目指すといえども,流行の言葉で言うならば「説明責任」があるわけです。ですから,学問の世界にも「再考する」,「反省する」ムードが出てくるというのは悪いことではないと思います。一般の納税者が「よく分からないけれども,たぶん大事なのだろう」ということでは,お金を出さない時代になってきたということだと思います。国費は切実なお金ですから,ヨーロッパの昔の王様みたいに,趣味で芸術にお金を出すような感覚で,学問にお金を出すというわけにはいかないでしょうから。

聞き手:確かに,アメリカや中国のように国土が広くて人口が多いわけではありませんから,“人”と“物”は選択集中が必要かもしれません。

清水:ただし,その選択と集中には大きな前提があります。決して目先のことや政治的なもので判断してはならないと思います。大局的な見地から判断する必要があります。
 そのような状況になると,すぐには利益に結びつかない理学などは,とかく後回しにされがちですが,科学の画期的な進展はいつも理学から起こっているということを認識する必要があると思います。
 現在あるものを改良して,具合の悪いところを直すというやり方では,少しの進展があるだけです。画期的な進展は,改善・改良の状況からは,なかなか出にくいものだと思います。技術が一気に飛躍するには,原理的なところに立ち返って「何がいけないのか」を問いかけ,原理そのものを見直すことが必要だと思います。
 その一つの例がメーザーからレーザーへの発展ではないでしょうか。レーザーが発振するための一つの要件には,エネルギーが高い分子が,低い分子よりたくさん存在する状態が必要です。レーザーでは,分子が高いエネルギー状態から低い状態に移るときの差のエネルギーが光として出てくるわけですから。メーザーの原理を考えたタウンズは,エネルギーの高い分子だけをより分けて集めました。このことは光の波長(この場合はマイクロ波の波長)が長いときには可能です。光のように波長が短くなるとエネルギー差が大きくなります。分子のエネルギーが高くなると,その状態の分子は統計的に少なくなります(ボルツマン分布)。また寿命も短くなります。エネルギーの高い分子を集めようにもいないわけです。また,集めたとしても目の粗いざるで集めるようなものですから,この方法ではいくらやっても発振に至りません。そこで見いだした解決策は,エネルギーの高い分子を作り出すという発想の転換です。同じ原理原則に従う現象でも,量的な違いが大きくなると,質的に違う様相が現れ,まったく異なる対処が要求される例といえます。従来と同じ方法の改善では,発振波長は数年かけても1桁も短くなりませんでしたが,原理的な発想の転換で,一気に4桁波長が短くなりました。これがレーザーの誕生です。

聞き手:つまり,「押してダメなら引いてみろ」ではありませんが,押して上手くいかないときに,その押し方をいろいろと工夫するだけでは,大きな飛躍は望めないということですね。

清水:リサーチ&ディベロップメントといいますが,やはり,リサーチの部分というのは非常に大切だと思います。日本のいろいろな技術開発が,現場でどのように行われているのかは,私にはよく分かりませんが,単なる改良ではなかなか世界をリードするものというのはできないのではないでしょうか。そういう意味で,工学の基盤としての理学がどうしても必要になってくるのではないかと思います。そのようなことを考えてみると,これからの日本の科学のあり方も見えてくるような気がします。 (後編:おわり)

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