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「本物を創る」という理念に共感してくれる人たちに集まってほしい日本特殊光学樹脂株式会社 代表取締役 佐藤 公一

専務だった母の病気がきっかけで日本に戻る

佐藤:2006年ごろに母が体を壊しました。今の会長である私の父は実務,つまり技術の部分で現場の工場を引っ張っていましたが,財務やお客さんとのやりとりというのはあまりしておらず,そこを担当していた母が病に伏してしまったのです。これはまずいということで日本に戻りました。今思えば,そのタイミングを逃していたら私はずっと海外に行ったきりだったろうなと思います。
 そうして2006年に日本特殊光学樹脂に入社しました。初めは前職が情報関連の仕事だったこともあり,情報システムグループを勝手につくり,社内のいろいろ必要なところをやるところからスタートしました。
 また,お客さまとのコミュニケーションも密に取りたいという思いから,技術営業部も立ち上げ手探りで営業活動を始めました。
 会社に戻ってすぐは,想像していた会社の姿と,実際とのギャップに悩まされたことも多かったです。
 先ほどお話しした修士論文を書くために日本に戻った当時,弊社では日々の作業状況や不良の数などを社長に報告するために紙ベースの日報を全員が毎日しっかりと書いていました。ですが紙ベースですので,データの蓄積や活用ができておらず,例えば1年間で,あるいは同じ製品で不具合の内容や発生数を比較したりとか,あるいは作業者によって不良率が違うのか,などの分析は全くできない状態でした。
 そこで,修士の1年という期間では,その解決までには当然至らないのですが,エクセルを用いていろいろ作り込んで,紙ベースだったものをITのちょっとしたツールを使って見える化をし,どのような不具合要因が一番大きいのかという解析をできるようにすることを,一部の製品に限ってテスト的に行いました。
 そして,どのような不具合があるかエクセルに入力してもらったり,解析したりして,論文を仕上げました。しかし,いざ5年ぶりに戻ってみると,その後は全く統計が取れておらず,元に戻ってしまっていました。
 また,私がイメージしていた社内の体制は,みんなで頭を使い,職人さんたちがそれぞれ手を動かすということでした。
 しかし,修士のときの経験からうすうすは感じていたことなのですが,いざ2006年に戻ってきてあらためて直面したのは,実は会長がカリスマ的に引っ張っているという現実でした。もちろん技術的な現場作業では,長年の経験がある職人さんたちが会長をサポートしていましたが,会長が言ったことが「絶対」で,みんながそれにわーっと付いていく感じです。本当にワントップ体制の,いわゆる町工場でした。
 また,営業部がありませんでしたから,お客さんに対しての対応は技術にあまり明るくない業務の担当者,あるいは専務がしていました。そこで,まずはお客さまときちんと話をするための対外的な部分とそれを社内に伝える部分の,両方を担う技術営業部を作らなければならないと思ったことが,一番印象に残っています。

   

左:若狭湾エネルギー研究センター太陽炉につかわれる日本特殊光学樹脂製フレネルレンズ
右:射出成形金型に使用される光学用の微細形状,鏡面加工が施された駒・入れ子の加工も行っている



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佐藤公一

佐藤公一

●佐藤公一(さとう・こういち)さまのご経歴
1976年 東京都生まれ 2000年 早稲田大学理工学部機械工学科卒 2001年 英国ノティンガム大学 Operations Management & Manufacturing Systems修士 2001年 伊藤忠テクノサイエンス(現:伊藤忠テクノソリューションズ)入社 ネットワークソリューション,セキュリティ,ワイヤレスネットワークなどの設計構築,取り扱いプロダクト担当 2004年 KDDI Europe Ltd.入社 ネットワークコンサルタント 金融機関のネットワークマネジメント,セキュリティシステム構築 2006年 日本特殊光学樹脂入社 技術営業部 2012年 同社 代表取締役就任 現在に至る
●主な活動歴
2016年 板橋次世代経営者会議 会長
●日本特殊光学樹脂株式会社について
日本特殊光学樹脂株式会社は,高品質,高精度プラスチックレンズの総合メーカー。「本物を創る」を社訓にフレネルレンズ,リニアフレネルレンズ,レンチキュラーレンズ,フライアイレンズ,レンズアレイ,非球面レンズなどを金型から製品まで,一貫生産で提供している。URL:http://www.ntkj.co.jp/

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