第2回 「田舎のネズミ」を自任する寺田賢治先生―産学現場に阿(おもね)ない疾走にエール―
2.「外観アルコン」と寺田流研究哲学
画像研究界には一時期「アルコン」(アルゴリズムコンテスト)があちこちで流行ったが,「外観アルコン」(外観検査アルゴリズムコンテスト)だけが息が長く,今も活気に満ちて健在である(http://alcon.itlab.org/)。
この「外観アルコン」を2001年に起こし牽引し続けているのが寺田先生である。IAIPの事業の一環ではあるが,普通の義務感で20年を越える着実な地歩を刻み続けられるわけもない。きっと,普通を越えたブレない見識が隠されているはずである。
*****
「外観アルコン」を進める中で,非常に印象に残るエピソードがある。このコンテスト委員長の寺田先生の毅然とした対応に,筆者は驚いた。ここでも,「田舎のネズミ」を自認・自任する寺田賢治先生,画像AI研究現場の決して吠えない紳士を貫いたように映った。さて,外観アルコンの課題画像は,産業現場から提供された生々しい素材を用いている。詳細はここ(http://alcon.itlab.org/history/)に詳しいように,現場リアル感の一線を断固として死守してきた。それらは,板ガラスのマーク検査2001,半導体パターン上の欠陥分類2008,鋳造部品の欠陥検出2013,変身する細胞の検出と追跡2016,X線CTによる工業製品の内部検査~ボクセルデータからの形状と材質の分類~2020,2021などであった。そして,画像検査,外観検査の究極の姿は,非整備環境の現場のリアルを覚悟して引き受ける,ここからすべてが始まる。だから,外観アルコンも同様である。
ここからが本「エール」にとって重要である。
alcon2013 サンプルD(スケール変更)(不良)/中京大学輿水研究室提供
写真3 鋳造部品の欠陥検出2013での学習用画像データセットのサンプル
記憶があいまいであるが,たしか鋳造部品の欠陥検出2013の回であった。写真3はその時に提示された,現場からの貴重なサンプルである。公表される学習用画像データセットに対して,説明困難なことばかりの現場課題と人工的課題との矛盾とのハザマに,某所から熱心かつマジで執拗な問い合わせが寄せられた。曰く,“欠陥の発生位置?程度?形状?の提示が不足,正常分布も?”のアルコン問題として「“不良設定” ではないか」という疑義の申し立てだと筆者には映っていた。
このとき外観アルコンの実行委員会は狼狽えたが,寺田委員長は「誰にも現場の真のキズ母集団は分からないのです!だから,外観アルコンの課題でもある画像母集団の統計的性質の不可知さ加減を,誰もが“公平” に受け止めて,一緒に課題の“魅力” を堪能しましょう!」とニコニコしながら話されたのが印象的であった。筆者には疑義の申し立てをむきにならずに突破したように見えた。さらにこのエピソードは,近時のDL技術におけるデータセットの質量担保課題やアノテーションや水増し問題に通底する,ディープな普遍的見識ではなかったかと受け取るべきであると思っている。
<次ページへ続く>