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技術力とは,欲しいと言っている人がいたら,それを作ってあげることアストロデザイン株式会社 鈴木 茂昭

入社後,すぐに製品開発を任された

鈴木: 卒業後,リーダー電子という計測器メーカーに入りました。
 3か月ほどの研修期間を終えて,技術部に配属された初日に,技術部長がご自分で設計された回転ムラ計というテープレコーダーの回転速度変動を測る装置の図面を私に渡して,「鈴木さん,これをやってごらんなさい」と言われたのです。普通は新入社員が新製品の開発担当を任されることなどありません。でも,入社後すぐに製品開発を担当させていただけたおかげで,同社にいた5年間でさまざまな計測器の開発を経験することができました。
 回転ムラ計のほか,当時,FMステレオ放送が始まった頃で,FMのチューナー,FM受信機の調整に必要なFMマルチプレックスステレオ信号発生器の開発も担当しました。これにはアマチュア無線の経験が有効に活きました。この会社で5年間働いて,とにかく仕事は非常に楽しかったです。
 ちょうどその頃に,IC(集積回路)が世の中に出てきました。主としてアメリカ製で,それらを扱う商社から電子機器メーカーに頻繁に売り込みが来ていました。それまでトランジスターを組み合わせて構成していた回路が,たった1個のICで実現できる夢のような部品でした。当時はシリコンバレーの半導体ベンチャーの戦国時代で,各社が競ってユニークな新製品を続々と発表していました。これらのICは,私にはダイヤモンドよりも美しい宝石に見えました。
 そのような時期に,あるIC輸入商社の営業マンと親しくなりました。彼から「シリコンバレーのベンチャーの輸入元として日本に新しくできた輸入商社に営業部長として移ることになったが,ICの技術に詳しいエンジニアが必要なので一緒に行きませんか」と誘われました。
 そこで,当時の私にとっていちばん興味のあるICの仕事だし,経験したかった営業の勉強もできそうなので,その話に乗ることにしたのです。その会社はインターニックスという会社で,設立1年目で,私は5番目の社員でした。私は技術部長として入りましたが,部長といっても,部下は誰もいませんでした。
 入社前に,社長に「私にはサラリーマンは合わないので,営業の勉強をさせていただいて,長くても5年ぐらいで独立したい」と申し上げました。社長も,アメリカはみんなそうだから,がんばりなさいと言ってくださったのですが,5年後にその話をすると記憶にないと言われ,でも,結局了解していただき,アストロデザインを昭和52年に設立いたしました。
 インターニックス社では,技術部長兼任のアナログ製品営業部長ということで,顧客対応,代理店対応,広告宣伝,展示会など,さまざまな経験をさせてもらいました。
 ICが売れるかどうかの決め手は,当然ながら顧客がそのICを理解して使いこなせるかどうかで決まります。そのために,メーカーでは製品のデータシートのほかに,使い方を解説したアプリケーションノートというものを作ります。ところが,このアプリケーションノートが曲者で,多くの場合,製品の説明や予想される使い方程度しか書いていないのです。おそらく半導体の設計者の多くはそのICを使った実製品の設計経験はないので,無理からぬことではありました。
 その結果,顧客からはもっと具体的な回路例はないのかという類の問い合わせがたくさん来るのです。それはあなたの仕事でしょと言いたいところですが,それではICを買ってもらえないので,何とか使ってもらえる程度の回路例を紹介しなければいけません。その結果,よりユーザー寄りの日本語版アプリケーションノートを作ったり,実際の応用製品を試作して雑誌に紹介したり,詳細な使い方を含む講習会を開いたり,ということが私の重要な仕事になっていました。その仕事の結果,さまざまな分野の方々と親しくなり,多様な人脈を作ることができたのです。
 アストロデザインは回路設計の事務所として創業しました。インターニックス社時代に構築できた人脈のおかげで,仕事探しにあまり苦労することはありませんでした。それどころか頼まれすぎて,1人ではカバーできなくなったところ,たまたま大学の同級生が一緒にやりたいと,会社を勝手に辞めて入ってきてしまいました。それで何となく人が増えていったのです。
 でも,最初の約3年間は,自分の給料はほとんど会社では取れなかったです。仕事がたくさんあって,売り上げが順調にあるはずなのに,友達の給料や,外注への支払い,部品も買わなければいけません。当然黒字になるように細かく対応しなければなりませんが,その感覚が欠けているので,とにかく必要なものを買って,作って,売って,何でもうからないのかと思いながらやっていました。
 でも,まだインターニックス社がいくらか給料を払ってくれていましたし,ICのセールスの売り上げのお金も入ってきていました。
 また『トランジスタ技術』などの専門雑誌に埋め草的な記事を頼まれては書いて,細々と収入源にしていたこともあります。このころCQ出版から,『アナログ・スイッチの使い方―素子の選び方から具体的な応用法まで』というタイトルの単行本の執筆を依頼されていましたが,会社をスタートした頃で忙しくて書く時間がなく,完成までに3年もかけてしまいました。

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鈴木 茂昭

鈴木 茂昭

●鈴木 茂昭(すずき しげあき)氏 ご経歴
1945年 愛媛県松山市生まれ 1967年 東京電機大学卒業 同年 リーダー電子株式会社入社 1972年 同社退社 同年 インターニックス株式会社入社 1977年 同社退社 同年 アストロデザイン株式会社創立 1979年 プログラマブルビデオ信号発生器を開発 1995年 世界初のHDTV用デジタルクロマキー装置を開発・販売。

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2020.03.25

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東京工業大学 松谷 晃宏