光が我らを導く果てまで ~光の導く交流が研究成果へつながる原動力に~横浜国立大学 理事(総務・研究担当)・副学長 國分 泰雄
光エレクトロニクス分野への道を拓いた2枚の写真
聞き手:そもそも光学(光エレクトロニクス)分野に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。國分:きっかけはかなり劇的なものでした。この写真(写真A)は講義の際に,学生に「何に見えますか」と問いながら見せているものです。私の記憶では,大学4年生の頃に日本版『サイエンス』か何かの科学雑誌を手にした時に,この写真と屈折率分布型レンズ(ロッドレンズ)の中を光が蛇行する写真が2枚掲載されていました。それを見て「何か面白そうだ」と興味を持ったのがそもそものきっかけです。 この写真は,図(写真C)のようにして撮影されたものです。ガラス瓶の向かって右側から超短パルスレーザー光(現在は光通信で通常使われる程度の短パルス)を当て,ガラス瓶の中で散乱している光を超短パルスレーザーと同期させた別の赤外線パルスレーザーをこの非線形光学セル(超高速シャッター)により,直交ニコルの状態にある2つのポラライザーの間で偏光が回転することで光が少し通るようになり,その結果,ガラス瓶の中に光が飛んでいる状態の撮影(写真A)に成功したのです。学生にも「通常私たちは光で物体を見ていますが,この写真では光自体の飛んでいる姿が目にできるのです」と説明しています。このガラス瓶の表面にある0,5,10の目盛りの単位はmmで,この光の幅は約10~(1cm),つまり数10psのパルスです。現在は,通常の光通信で使われるパルス幅ですが,当時はかなり速いパルスでした。その意味でも,この写真は画期的であったといえます。実は,後にこの写真を撮影した研究者とは思いがけず出会うことになるのです。
聞き手:このような光の写真との出合いによって,光エレクトロニクス分野へのご関心が高まり,その後はどうされたのでしょうか。
國分:大学時代に専攻の低温物性から光エレクトロニクスの研究を目指そうと,東京工業大学の末松安晴先生の研究室を希望したのですが,大学院入試の前に先輩に聞いたところ,あいにく募集枠は学内の希望者でいっぱいでした。そのため,学生募集要項から探すことにして当時助教授に就いて間もない伊賀健一先生の研究室を希望し,研究を始めることになったのです。
伊賀先生の研究室では,電子システム専攻の博士課程学生は中沢君(東北大学電気通信研究所所長の中沢教授)と私の2人だけで,当時から仲が良く今でもEXAT研究会での活動を含め交流は続いています。当時は彼が周波数安定レーザー,私は光通信の光ファイバーと互いに異分野を研究テーマとしていましたが,その後彼がNTTの研究所に就職して以来,光ファイバーソリトンなどの研究に着手し一躍有名になり,私は光導波路の研究に取り組み,今では共にEXAT研究会の研究活動に携わっているわけです。
聞き手:この時期では,伊賀先生からどのような点を学ばれ,どのような影響を受けられましたか。
國分:伊賀先生は私にとって影響を受けたどころではなく,人生の方向性を決定づけていただいた恩師です。先生は,ご自身宛に案内状が届いたNTT(当時,日本電信電話公社)の研究討論会に私を同行して専門家集団による議論を直接聴く機会を与えてくださり,また半導体レーザーの研究討論会では最先端の研究動向にも触れる機会などに恵まれ,必要な基礎知識を得ることができました。お人柄はとても気さくでご自身から冗談を言われるので,研究室はいつも笑い声が絶えない愉しい雰囲気がありました。
今でも私の心の中に残っている,先生からの教えが3つあります。1つは,博士の学位は欧米でPh.Dとされるように,Philosophyとあるのだから,単に科学技術の知識が深く技術が優れているだけでは不十分であり,人間力を備えることが必要だとの教えを受けました。2つ目は,ディスカッションをするときには「原理は何か」といろいろ突き詰めて理解した上で,臨むことが最も重要と話されていました。3つ目は,人とのつき合いを大切することです。その他には,“脳のいろいろな部分を使わないとアンバランスな人間になる”と伺った覚えもあります。先生ご自身も学術だけでなく音楽に精通され,カメラや写真にも高い関心を持っておられ,まさに好奇心の塊のような方です。
聞き手:伊賀先生の研究室に在籍後,精密工学研究所で3年間ほど助手をされ,横浜国立大学に助教授として戻られた後,米AT&Tベル研究所に客員研究員として1年間勤務されています。
國分:ベル研究所の件は,伊賀先生の恩師であり,私が博士3年次に伊賀先生がベル研究所に滞在中だったこともあって私の指導教員として末松先生(元東京工業大学学長)にドクター論文の主査を務めていただき,そのご縁もあってのお誘いでした。当時最先端のベル研究所で研究することに憧れがあり,伊賀先生も以前勤務されていたこともあって,「是非行かせてください」と返答しました。実は,伊賀先生がベル研究所に在籍されていた時に私が国際会議で米国に渡航する機会があり,先生のお宅を訪れてベル研究所も見学していたので,行きたいとの気持ちはさらに強まっていましたね。 <次ページへ続く>
國分 泰雄(こくぶん・やすお)
1975年横浜国立大学工学部電気工学科(工学士)卒業。1977年東京工業大学理工学研究科電気工学科修士課程修了。1980年東京工業大学総合理工学研究科電子システム博士課程修了。同年東京工業大学精密工学研究所助手。1983年横浜国立大学工学部助教授。1984年米AT&Tベル研究所客員研究員(1985年10月まで)。1995年横浜国立大学工学部教授昇任。1996年(財)神奈川科学技術アカデミー「3次元マイクロフォトニクスプロジェクト」プロジェクトリーダー併任(1999年3月まで)。2001年横浜国立大学大学院工学研究院知的構造の創生部門教授。2006年横浜国立大学大学院工学研究院長(工学府長,工学部長兼務)(2009年3月まで)。2009年横浜国立大学理事(総務・研究担当)・副学長(現在に至る)。●専門のご研究内容:マイクロリング共振器と呼ぶ半径5?20μm程度の微小デバイスを集積化し,大規模集積化可能な波長フィルター,波長選択スイッチや符号化回路などの光集積デバイスを実現。半導体量子井戸を用いた位相変調導波路による高速・低電圧波長ルーティング回路や,波長チャネルを用いる高速信号処理回路の研究を実施。光ファイバーの伝送容量を飛躍的に拡大する空間多重/モード多重伝送用として,マルチコアファイバーとモード合分波器の研究も実施。
●2004年第26回応用物理学会論文賞(解説論文賞)。2005年第3回国際コミュニケーション基金優秀研究賞。同年MOC Award。2008年第2回応用物理学会フェロー表彰「高屈折率差光導波路を用いた光集積デバイスの研究」。2010年IEEE FellowElevation,Citation:for contributions to integrated photonic devices他表彰・受賞。