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小集団的発想こそ日本のオープンイノベーション宇都宮大学 オプティクス教育研究センター コーディネータ 小野 明

「堀」もキチンと作ろう

小野:今,博士が問題になっています。ポスドク(ポストドクター)を作り過ぎたという話です。「政府が悪い」とか「作り過ぎだ」とよくいわれますが,わたし自身はそんなに方向は間違っていないと思うのです。なぜなら博士課程とは,たった5年の教育期間で国際会議の席で話すことができるレベルの人間を作っているわけですから。さらに新たなことを5年やったら,そこでまた世界で通じるくらいの研究者になれます。会社における人生が30年とすると,6回変わってもそれぞれで一流になれるという話になります。
 一芸に秀でた人は,ある意味,汎用的な奥の深さを持っています。ドクターのポイントはそこではないかと思います。そういう人間は「勝つ味」を知っています。そこをベースとして広げていけば,他の分野でも勝てるじゃないですか。そういう能力を持つ人間がドクターだと思うのです。だから,そういうふうに育てればいいし,自分もそんなものだと思えばいい。そうすれば,ポスドクの問題も無くなるのではないかという気がします。
 一方で,こうした問題には地方格差も存在しています。わたしは,谷田貝豊彦先生(現宇都宮大学オプティクス教育研究センター長)のお力で,宇都宮大学に来ることができたのですが,実は以前,東京大学の教授に対して「わたしみたいなコーディネーターは必要ありませんか?」と尋ねたことがあります。その答えは,「必要ありません」というものでした。あとから考えれば理由は明らかで,東大教授のところには多くの企業が集まってくるし,国もお金を出してくれます。このため,多くのポスドクが集まり,ドクター同士も切磋琢磨して頑張り,自ずと優秀な人材が育ってくるからです。
 ところが中央の超一流大学以外の地方の大学の場合は,何もしないとお金も人もやって来ません。そんな中で「一城の主でござい」といくら教授が威張っても,空威張りにしかなりません。なので,どこかと共同で,数の力によって何かをやらないといけません。こういう分野とこういう分野を足し合わせて共同研究すればもっと大きなことができるということを地方大学が示して行かないといけません。そうすれば,いい学生も集まってくるし,お金も集まってくる。さらに,地場産業を育てる力にもなります。

聞き手:宇都宮大学では,地元の大手企業と多くの共同研究をされていますね。そういう企業と深く関係して研究開発を進めていくということでしょうか?

小野:大手企業は大きな力を持っていますので,わざわざわたしのようなコーディネーターを必要とするケースはほとんどありません。むしろ,地方自治体が今一番悩んでいる地元の中小企業の生きる道を探ることが先決です。わたしは栃木県の光産業振興協議会のコーディネーターもやっていますので,こうしたことも仕事の一つになります。
 光学関係は現在,日本の中でも力のある産業の一つなのですが,残念ながら系列化されていません。系列化されていないと,いくら大企業の技術が素晴らしくても,それが中小企業に下りていかないのです。大企業は,一番安くて,一番いいところからモノを買いますから,必ずしも栃木県内の産業を振興してくれるわけではないのです。地方の大学の一つの役目とは,その地域の産業活性化や技術のレベルアップです。大企業についていけるような中小企業を育てることが大企業にとっても良いことだし,地方の大学の目的にも合い,さらに地域産業にも効果があると思っています。わたしがそういうお役に立てれば良いといつも考えています。

聞き手:具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?

小野:例えば,技術士会で栃木県の産業における産学連携活動の紹介とコーディネーターの役目などを説明したりしています。そんな口幅ったいことをお話しできるようになったのは,やはり大学の先生という素晴らしい頭脳集団が身近にいる場に身を置けるようになったからだと思います。地道にこうして応援したりお話しさせていただき,先に申したことが嘘じゃないことを示したいのです。それがどのように花咲くか分かりませんが。

聞き手:それは確かに大切なことですね。米国のシリコンバレーでも地域に根付いて産業が振興して,米国や世界を引っ張ったという実例がありますから。そのくらいのことは考えてもおかしくありませんね。

小野:そうなのです。ただ,スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT),ハーバード大学などでは,90%以上の研究費は政府から出ているので,これらは別格と考えられます。むしろ光の関係では,フロリダ大学やアリゾナ大学などが米国の地方で企業の力によって育っているので,これらは参考になります。米国では,企業が大学を育てているともいえます。ところが宇都宮大学の例を見ると,企業との共同研究の場合,企業からは数百万円が出ればいいところです。これでは,とてもではないですがポスドク1人雇えません。国も「5年間で25兆円」などと言っていますが,それらはすべて高きに流れて行くでしょう。今,政府は「まずは世界に勝たなければいけない」と考え,世界が注目する研究にお金を出そうとしていますから。

聞き手:大艦巨砲主義的なところがある,ということでしょうか?

小野:ええ。ただ,それはそれで正しいのではないでしょうか。小さい船をたくさん浮かべて海外に挑んでも,絶対に勝てませんからね。むしろ,それだけではダメで,「堀もきちんと作っていかないといけない」という話です。最近,家内が一生懸命見ているNHKの大河ドラマ「江」でも,堀を埋められてしまったら,あっという間に豊臣は大阪夏の陣でやられてしまいましたからね。
小野 明(おの・あきら)

小野 明(おの・あきら)

1973年,大阪大学 大学院修士課程精密工学科卒業。同年,株式会社東芝に入社。生産技術研究所に配属。1983年,米アリゾナ大学客員研究員。1988年,大阪大学において工学博士号取得。1996年,東芝 生産技術センター光応用システムセンター長。1997年,技術士(機械部門)取得。1999年,株式会社東芝を定年退職し株式会社トプコンに入社。2000年,同社取締役兼執行役員。2003年,同社取締役兼株式会社トプコンテクノハウス代表取締役社長に就任。2006年,株式会社トプコン 常勤監査役,監査役会議長。2008年,株式会社トプコン顧問。2008年,宇都宮大学 オプティクス教育研究センター コーディネータ。現在に至る。

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