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研究はフェーズによって立場を変えることが大事プライム・オプティクス(株) 有本 昭

発明者が報われる特許料収入を

聞き手:朝日新聞に「特許発案者に敬意と対価を払え」というタイトルの投書をされたと聞きましたが,どのような思いでそうした文章を書かれたのでしょうか?

有本:日立時代,先にお話ししたレーザーノイズと光ディスクの関係で特許を出願しました。日立がその特許で得たライセンス収入が約5億円弱とのことです。製品の売り上げにすれば1000億~2000億円の規模でしょうね。そうしたライセンス収入や売り上げに比べて社内で発明者が得る収入は微々たるものです。そこで,その 5億円のライセンス料を算定基準とした知的財産権(知財)の裁判を起こしました。結果的には日立と和解することになり,日立から取れた金額は200万円でした。

聞き手:たったの200万円ですか。

有本:それまでに得られていた収入も含め共同発明者と合わせてライセンス収入の1%以下です。これでは技術者のモチベーションが上がりませんよね。この特許は有効期間の20年間,フルに使われたものなのです。そして,特許が切れた今でも使われています。収入を特許有効期間の20年で割ると,年間15万円じゃないですか。発明者がその程度の収入増だったら,ほかに給料を上げる方法がサラリーマンにはいくらでもあると思いましたね。裁判は起こしましたが,病後の体力の問題などで結局,和解勧告に従うことになりました。

聞き手:それは本当に大変でした。

有本:そのような中で今,一番問題視すべきなのは裁判所の審理の進め方だと思います。地方裁判所は,特許の譲渡証に関して「日立側は,『特許が多数出てくるのでちゃんとチェックしていなかったが,よく調べたところ,実は有本さんは特許に貢献していない』と言っていました」と言うのを20年もたって証拠も無しに追認するわけです。そんな論拠でこちらの訴えに反論してくるのですが,そんなことを言ったら,法律上の話が全部ひっくり返ってしまうじゃないですか。
 さらにひどいのは,普通の民事裁判は書類のやり取りで進めますが,最後に口頭陳述を開いて,原告・被告から直接裁判官が話を聞く仕組みになっているにもかかわらず,それを省いて一気に結審まで進めたことです。結果は「貢献度ゼロ」ということでした。「口頭陳述は省いてもいい」というシステムなのでしょうが,それにしても乱暴な進め方です。もっとていねいに審理を進めてほしいと思いました。
 そこで上告して逐一反論したところ,3カ月ぐらいたってから「高等裁判所に来なさい」ということになりました。行ってみたら3人の裁判官が出てきて,「貢献した人の立場を無視するわけにはいかないので和解にする」と言って,わずか3分くらいでさっさと退廷してしまいました。問題は,その後,どうやって和解のストーリーを進めるかですよね。ところが,裁判所は裁判所なりのロジックでとにかく押さえ込もうとしている。企業側の論理に乗っているとしか思えないのです。

聞き手:確かにそうですね。

有本:当時すでに,日立元社員の米澤成二氏や日亜化学工業元社員の中村修二氏による知財裁判の結果が出ていて,わたしがそれに乗ったというところもありますが,先の裁判官が言うには「米澤氏や中村氏に関する最高裁の結論は個人的に間違いだったと思う」というわけです。それから,「あなたの会社は日立でしたね。きっと1000人ぐらいの研究者がいると思うが,多額の実質的補償が多くの知財裁判を誘発することになるから,本来こうした訴訟は許されない」とも。「企業ではほかにもたくさんの奉仕者がいて,彼らは特許に関して直接の収入をもらっていない。あなただけがもらうのはおかしい。わたしも裁判所の給料以外はもらっていない」と言うのです。弁護士さんは「これは裁判官の個人的意見だろう」と言うのですが,公の場で個人の見解を前面に出すのはおかしいと感じました。わたしにとっては「圧力」としか思えませんでした。弁護士さんからは上記の発言は「記録に残っていないからどうしようもない」とも言われました。最近,司法で「可視化せよ」と騒がれているのは検察の取り調べの話ですが,裁判所の可視化も必要じゃないでしょうか。議事録は残すべきと考えます。
 そういう話があってさらなる上告をどうしようかと悩んだのですが,体力の問題もあるし,弁護士によれば最高裁に行くともっと実務に疎い裁判官が多くいるということも言われ,結局あきらめることにしました。もし裁判に勝ったとしても,死んでしまっては仕方ないですから。そうすれば,家族を悲しませ,かつ手術をしていただいた執刀医の先生を裏切ることにもなるのです。自分としては,金額では負けましたが,ロジックでは勝ったと思っています。

聞き手:技術者としては,今後,不当と思われる特許料配分にどのように対処していけばよろしいのでしょうか?

有本:わたしは,特許の対価の算定基準をライセンス料のような確実に外から取れて判別できる金額だけを対象にした方が良いと思っています。もし売り上げを算定基準にすると,請求額は莫大(ばくだい)になりますが,正確な利益を算出するのは難しいのではないでしょうか。
 先ほどのわたしのケースですと,発明者の取り分が1%以下でしたよね。会社が99%強を得るわけです。それを,発明者の取り分を10%ぐらい,会社の取り分を90%ぐらいにしてほしいと考えています。そうすると,わたしのケースだと年間250万円ずつくらいもらえることになります。このくらいの金額ならば,「有効な特許を出した」と言えますよね。
 一方で当然,会社の取り分がそれだけ減ることになります。実際にこうした経費を減らすために,会社はものすごくエネルギーを使っているわけですが,「経費が増えても良い特許が今以上に多数出れば全体として必ずプラスになる」ということを会社がちゃんと認識すべきだと思います。そうしない限り,研究者や技術者は「特許を取ってもいいことはない」とモチベーションが下がったり,海外に技術を持って行って利益を出した方がいいということになり,会社にとって全くいいことはないと思うのです。
 6月16日の読売新聞に,日立が実質的にテレビ生産から撤退し,その代わりに知財の販売に力を入れるという記事が載っていました。これが事実なら,日立はやはり,知財に対する従業員のモチベーションを高め,その上で良い特許の出願を奨励すべきだったと思います
有本 昭(ありもと・あきら)

有本 昭(ありもと・あきら)

1970年,東京大学大学院工学系研究科 物理工学修士課程修了。同年,(株)日立製作所に入社して中央研究所に配属。ホログラフィーおよび同メモリー装置の研究,計算機出力用レ?ザープリンターの開発,反射型プロジェクションTV光学系の開発,光学式ビデオディスクプレーヤーの開発,光磁気ディスク用光ヘッドの研究などに従事。1992年,同社日立研究所に転属。技術主管。1995年,同社中央研究所に再転属。2001年,ペンタックス?に転職し,研究企画に従事。2003年,同社フェロー(執行役員)に就任。2006年,心臓手術を期に非常勤顧問に。現在に至る。工学博士(1979年 東京大学)。電子写真学会技術賞,MOC Paper Award,日本機械学会技術賞,IS&T Charles E. Ives Award,東京都研究発明功労表彰,発明協会 関東発明奨励賞,光協会功労賞など多数受賞。前ISO TC172/SC9国際標準化委員兼ISO/IEC半導体レーザ標準化合同作業部会委員長。

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