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第27回 続・イギリスへ再び―レイクフォーレストから羽ばたく―

ハプニング


 CATで丸一日を過ごし閉館時刻が迫ってきたので,私も帰ることにした。センター近くの小道沿いに,町に行くバスストップを見つけ時刻表を確認してバスを待っていた。見学者たちもぞろぞろと車で帰っていく。皆自家用車で帰るらしく,30分経ってもバスストップに並ぶ者は誰一人いない。だんだん帰る人も見かけなくなり,夕刻が迫ってくる。これはまずいことになっているのかと心配になり始めた。タクシーなど呼ぶすべはない。とにかく聞けそうな人が誰も見当たらないのである。いろいろ思案を巡らし,最悪の場合,CATに戻って誰かを捕まえるしかないかと考えだしたとき,1台の軽トラックが目の前に留まり「バスはここには止まらないよ」と,ドライバーが声をかけてきた。「時刻表がここにあるのに」と返事したら,「それは役に立たない。どこまで行くの?」と聞いてくれた。ホテルの名前を言うと,乗せていってくれることになった。まさに天の助けである! 「ただし荷台だよ。座席がないんだ。」その軽トラックはCAT内の工事のため通っている車であった。屋根なしの荷台に押し上げてもらったが,町まではそれなりの距離があった。しかし,もし声をかけてもらえなかったらどうなっていただろうか。天に感謝であった。そのようなハプニングの後,何とか無事に宿にたどり着くことができた。旅先で受けた親切が心にしみた出来事であった。

テート・モダン-再開発大プロジェクト


 ロンドンでは,ぜひ訪ねたい場所があった。2000年にオープンしたテート・モダン(Tate Modern)である。敷地と建物は実にユニークで,ロンドンのテムズ川畔に19世紀末に建設され,1981年まで操業されていた火力発電所が再生されて誕生した国立現代美術館である。建物の外観は大きすぎてカメラのフレームに入りきらない(図10)。エントランスを入ると,まず巨大な空間に迎えられる。タービンホールだったスペースがそのまま生かされていた。7階まで吹き抜けになっていて,あまりの巨大さに圧倒された(図11)。外から入ってすぐの場所にはチケット売り場は見当たらず,透明なボックスだけがただ設置されていることに気づいた。それは,後になってお志を入れるボックスだとわかった。一部の企画展示を除き,基本的に入場料無料だということに驚かされた。入口のボックスはお気持ちがあれば自由にお支払いくださいというコンセプトである。なんともうらやましい限りである。
 川を挟んだ向かい側には,ロイヤルウエディングの式が行われた,有名なセントポール寺院がある。美術館のオープンに合わせ,対岸と結ぶ歩行者専用の橋が新たに建設された(図12(a),(b))。その斬新なデザインと,水面の上の風に吹かれながらゆったりと散歩できる環境は実に魅力的であった。河畔も散歩コースとなり新たな観光名所となっていた。
 このサウスバンク地区はそれまで,工場や倉庫街の裏方的存在地域で,発電所の閉鎖後は一部の機能を除き廃墟状態となっていたようだ。一方,テムズ川上流のミルバンク地区にあったテート・ギャラリー(大英博物館,ナショナルギャラリーなどと並ぶロンドンの代表的なミュージアム)が手狭になり,近現代美術館機能を新しい建物に移す計画が立てられた。その候補地がこの火力発電所跡地で,十分なスペースと地域再開への貢献という大きなメリットが考えられ実行に移された。デザイン案は国際設計コンペで選ばれたスイスの建築家集団ヘルツォーグ&ド・ムーロンにより,外観のほとんどは旧火力発電所を再利用し,巨大なリフォームによって建物は美術館に転用された。
 世界中から多くの観光客たちが,有名なコレクション作品だけでなく,この斬新で刺激的な建築を見に訪れ,周辺の川畔は散歩道となり,新たな橋は対岸の繁華街とかつて倉庫街だった地域間に多くの人の流れを生み出していた。まさに都市再生の大成功例であろう。
 英国は世界でいち早く産業革命を果たした国であるが,それだけ公害や都市のスラム化などの負の側面についても世界に先駆けて経験している。先端技術もいつかは古くなるが,常にリニューアルし続けることは並大抵のエネルギーではできない。イギリスという国は都市再生プロジェクトにいち早く取り組んでいる様子がうかがえる。
 そういえば,ロンドンオリンピックをきっかけに,スラム化した街の再生にも成功したというオリンピックレガシーについてのニュースも耳にしたように記憶している。日本国内では,英国のこれらの例のような華やかな地域再生プロジェクトの成功例はなかなか耳に入ってこないのが残念である。 <次ページへ続く>

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