【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

人を引き付けるようなテーマを見つけて光学を盛り上げてほしい東京工芸大学 中楯 末三

産業の推移とともに,光学に興味をもつ学生が減ってきた

聞き手:教えることが難しかったというお話も出てきましたが,教育の現場やいままでの研究で,求められた成果が出ないなどの理由で自信を喪失されたり,試行錯誤して苦悩されたりしたご経験がありましたら,ぜひそのエピソードをお聞かせください。苦難をどのように乗り越えてこられたかについてもお話しいただけますでしょうか。

中楯:自分の業績や成果とかいうのは,論文を何本書いたとか,学会で何回発表したとか,海外の学会に何回行ったとか,ということが評価になるわけです。そして学会は年に2回,秋と春にあります。発表が終わって帰ってくると次の学会の案内がまた来ているような感じです。結局,業績や評価のために,目先の次の学会に向けてちょこちょこしたアイデアで仕事をしていくという積み重ねになります。そうすると,仕事の本質を見極めたり,じっくりと取り組むどころではなくなってしまいます。
 それでうまく回っていけばいいのですが,それが世の中でどういうことに役立つのかを考えながらやったほうが良かったのかなと思ったりもしています。もう何十年もたってしまって取り返しがつかないのですが,後から振り返ってみると「自分は何をやったのだろうな」という思いがあります。
 専門を決めることをもう少し考えてやるべきだったのかなと思います。自分としては一生懸命やったつもりですが,なかなか成果として残っているというわけではないのが,少し残念です。
 私は自分の好きなように,仕事なり研究なりをしてきていました。人に教えるのも,このくらいは知っていて当たり前だというように学生に教えてしまうというか,相手を見ずにしてしまうところがあるので,消化不良みたいな感じになってしまうのでしょう。授業の内容も,私のいる学科そのもので取り扱う内容が幅広く,どうしても部分部分の細切れの知識を教えることになってしまいます。じっくりと基礎から取り組む学科とは違います。フォローする分野が広がってくると,ある程度の知識の深さは必要になってきますから。ですから,分かっている学生はすごく伸びていくと思います。でも,入り口で止まってしまうと,どうしてもそれ以上伸びていかないようなところもあります。

聞き手:研究室に4年生とかで来られる学生さんはどんな感じなのでしょうか。

中楯:昔の学生は,写真とか車とかが好きだった人が多かったですけれども,今はどちらかというとCGとかアニメーションとかが好きな学生が多いですね。ですから,光計測は彼らの関心のあまりないところになります。以前は,写真を知っていて,レンズに興味がある学生がたくさんいました。どこのレンズがいいとか,カメラの話だと全部知っているとか。あとはメカに興味がある学生は大体車が好きだったりしました。
 昔はゲームのような娯楽が少なかったこともあるかもしれないのですが,むしろ土曜日のほうが人が集まってきて,みんなでどこかへ遊びに行くこともありましたね。今の学生は,ネット上ではよくつながっているようですが,実際に会って何かするということが,非常に少ないです。だから,こちらでセッティングする必要があります。
 光計測に関しては,3次元のデータを取るところはあまり興味がないようです。機械があるからそれでいいと言うのです。例えばTOF(Time Of Flight)の原理の話をします。車で距離を測るのはTOFですよとか。興味は持つのですが,それをやりたいかというとそうでもないのが残念に思います。今は,干渉を利用したいろいろな機械がありますから,そこから興味を持ってくれると一番いいのですけれども,なかなか難しいですね。
 就職先にもそういう会社がイメージされていないのだと思います。彼らがイメージしている会社はほとんどコンピューター関係の会社なのです。ですから,そういうところへ行くために,例えばソフトウェアをやったりパソコン関係の授業を取ったりしたほうがいいということになるのです。IT系の求人に比べると,昔のように製造業に勢いがあるという感じではありません。
 求人は圧倒的にコンピューター関係が多く,そちらに進む学生がほとんどなので,どうしてもコンピューター関係が学生にとって重要なものになってしまっています。計測機械のメーカーが,学生の知っている会社であれば,また違ってくるでしょう。
 ニコンや,キヤノン,コニカなどの昔のカメラメーカーではカメラをやめた所もあります。コダックは一度破産宣告をしてしまっていますし,昔の大きな産業は完全に縮小してしまっています。最近は携帯にあるカメラで写真を撮ればいいので,ますますカメラに興味がなくなってきているように思えます。もう一回,カメラ産業が盛り返してくれるとうれしいのですが。
 昔はよく印画紙だけではなくて白黒フィルムの現像を私自身でもしていました。今も,学生にホログラムを撮らせていますが,フィルムに触れる機会がないからなのか,それとも実験に慣れていないのかは分からないのですが,すごく手際が悪いのです。昔はもうちょっと手先が器用な学生がいたと思うのですが,高校の授業で実験が少なくなっている影響なのかもしれません。
 東京工芸大学では物理実験は必修ですが,高校では見ているだけなのかもしれません。以前は写真工学科でしたので,材料系と物理系の両方に教員がおり,化学の実験も,物理の実験も両方していました。いまのコンピューター関係の学科では実験がないのです。CGアニメーションはコンピューターしか使わないので,「実験は必要ない」と言う人たちもいて,そのせめぎ合いです。実験をしてもしかたがないというのと,少しは実験をやらせたほうがいいという両方の意見があり,中途半端な状況ではあります。
 東京工芸大学では,レンズ設計の講義があります。4年生だとレンズCADという授業もありますし,CODEVを使用する講義もあります。私は幾何光学を教えていますし,メディア機器設計という中身が光学設計の授業もあります。こういった内容を私学でやっているのは,たぶん東京工芸大学くらいだと思います。そこで,レンズ設計に興味をもち,その方面の会社にたくさん就職してくれるならいいのですが,全くゼロというわけではないですがなかなかいません。けれども年に何人かは,レンズ製作の会社に行きますが,人数は決して多くないので,学生からみると興味が少なくなってきてしまうのでしょう。それよりも,CGとかアニメーションなどの勢いがある産業に興味がわくのは仕方のないことだと思います。
 大手の光学メーカーの苦境が伝わってきますが,もう少し元気をとり戻してくれると,光のほうに行きたいという学生も増えてくると思います。

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中楯 末三

中楯 末三(なかだて・すえぞう)

1952年 長野県生まれ 1976年 山梨大学 工学部 電子工学 1978年 東京工業大学 大学院総合理工学研究科 物理情報工学 1978年 理化学研究所 光学計測研究室入所 1986年 工学博士(東京工業大学:変形・振動の画像計測法の研究) 1989年 東京工芸大学 工学部 写真工学科 助教授 1995年 ロチェスター大学(USA)光学研究所(ダンカン・ムーア研究室)1年間滞在 1998年 東京工芸大学 工学部 教授
●研究分野
応用物理学・工学基礎,応用光学・量子光工学,光計測,画像・光情報処理
●主な活動・受賞歴等
1988年 光学論文賞(応用物理学会) 1991年 日本光学会(応用物理学会)幹事 2001年 日本光学会(応用物理学会)副幹事長(OPJ2001担当) 2010~11年 日本光学会(応用物理学会)常任幹事(OR出版委員長) 2014~15年 日本光学会(応用物理学会)常任幹事(OR編集委員長) 2016年(一般)日本光学会 OR編集委員長

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