【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

若いうちに成果を出すことばかりを考え,焦りすぎないこと,自分を見失わないこと東京工業大学 宮本 智之

自分が感じたワクワクを次の世代につなげられればいい

聞き手:求められた成果が出ないなどの理由で自信を喪失されたり,試行錯誤して苦悩されたりしたご経験がありましたら,そのエピソードをお聞かせください。また,そうした苦難をどのように乗り越えられたのでしょうか。

宮本:私は本質的には楽観的なのだと思います。学生の頃で言えば,研究成果が出なくてもいい,研究ができなくなってもいいと思っている部分もありました。特に私が研究をやる必要性は感じていません。最初に言ったように,サイエンスやエンジニアリングを含めて,そこから出てくるワクワクが好きなのです。もちろん,自分で研究をやって,世の中にないものができればワクワクになるのですが,他の人が同じことをやってくれても,私にとってはワクワクなのです。光無線給電に関しては,ある意味種は蒔いたような感じですが,それを私が育てて,私が収穫する必要はなくて,他の人がやってくれてもいいわけです。研究でも,私がやったことが直接には価値を生まなくても,他の人がそれを活用して,そこから何か成果を出してくれればそれでもいいと思っています。ですから,成果が出ないからと悩むことはあまりありませんし,気にしていません。
 私自身は,1980年代は科学技術にとってすごくいい時代だったと今でも思っていますし,そこで本当にいろいろなワクワクをさせてもらいました。大学生のときには,図書館に行って工業新聞などをめくって,新しいものを見つけてはワクワクしましたし,本屋に行っても科学技術の本や『ニュートン』『サイエンス』などの雑誌を見て,ワクワクしました。ですから,大学院生の頃は,自分は中学,高校,大学生の間にあれだけワクワクさせてもらったのだから,これからは次の世代の人たちに同じようにワクワクをつなげられるようなことができればいいというのが一番強い思いでした。
 光無線給電に関しては,もしも私がまだ30代でバリバリの若手研究者のタイミングでやっていたら,今のような形で進んでいなかったかもしれません。私が光無線給電の話を最初にいただいたのが45歳くらいのときでした。そこで研究テーマを切り替えるのは難しいところもあるのですが,それまでのあいだに研究者としていろいろな学会の運営に関わり,いろいろな人とのつながりもできていました。若手の研究者の場合は,研究能力はありますが,自分がいい研究をしていると,自分の考え方だけで進める形になりかねません。物事の全体の進め方や組織の作り方,国へのアプローチの仕方などの経験もまだ足りません。ですので,はじめるタイミングは良かったと思っています。仕事ではいろいろな付き合いがあり,やらなければならないことがたくさんあります。それを嫌々やるのではなく,その中のエッセンスや具体的な技術を,自分にどのように活かせるかと考えるのはとても重要です。いろいろな経験を積み重ねたものが,その人の個性となります。それが最終的に活きてくるのです。

自分の根幹となる背骨をもって欲しい

聞き手:これから光学分野において活躍を目指す若手研究者・技術者,学生に向けて,アドバイスがありましたらお願いします。

宮本:世の中では,若いうちに何かしろとなってしまいますが,焦りすぎるなと言いたいです。今,私は光無線給電をやっていて,正直言って私自身も想像できないくらい,いろいろな広い分野の人から声をかけていただき,注目していただいています。これも,やはり焦って短期的にすぐ成果を出そうとか,あるいは何かに追われてやらなくてはいけないという思いでやっていたら,今のようなコミュニティや人とのつながりのなかで進められなかったと思います。そのときは関係ないと思ったようなことでも,成果を焦らず,いろいろな知識や経験を地道に積み重ねていくことで,将来価値をもたらすことも出てきます。個人の研究者として言えば,一生のうち1回花が開けばいいと思います。私も光無線給電で花が開きました。もちろん,運もあるでしょうけれど,それまでの地道な知識や経験の積み重ねがあったからできたことです。
 早い時期に社会に価値のある研究を成し遂げる人もいるでしょう。しかし,早い時期にやれることだけが価値があるとは思いません。国の研究費なども40歳までの若い人が対象になっているものが大半ですが,コミュニティの作り方や社会での進め方,いろいろな人とのつながりを十分もってから新しいことをやったほうが,私は成功しやすいのではないかと思うのです。
 若いうちに研究成果を出すことばかりに夢中になっていると,その時その時の成果だけをねらい,研究が小さくなってしまいます。ですから,焦らなくてもいいのです。自分が好きなことは好きなことで,自分の根幹となる背骨となるようなものをもち,自分の本質は何か,いつも自分の心を見つめ,問いながら,研究を進めて行ってもらいたいと思います。それは,研究に限らず,どの仕事でも同じです。つまり,自分を見失うなということです。
 今の学生に言っても納得はしてもらえないかもしれませんが,私は社会人になったら自分のことなんか考えなくてもいい,子どもの頃にワクワクさせてもらったことがあるのだから,その恩返しだけで生きていけばいいくらいに思っています。それまでにもらったものを社会に対して恩返しをするのだから,それでうまくいこうがいくまいが,自分にとって関係ない。世の中がいい方向に進むことに,何か少しでも関わっていればいいと思います。別の視点で言うと,研究成果はすぐに出ないことが多いので,それをどう自分で納得させるかと思っている部分もあるかもしれません。それでも,自分がそういう本質的なところをいつも見ていれば,ある時期に成果が出る,出ないというのは関係なくなってくるのではないでしょうか。
宮本 智之

宮本 智之(みやもと・ともゆき)

1996年 東京工業大学大学院 総合理工学研究科 博士課程修了
1996年 東京工業大学 精密工学研究所 助手
1998年 東京工業大学 量子効果エレクトロニクス研究センター 講師
2000年 東京工業大学 精密工学研究所 准教授
2004~2006年 文部科学省 研究振興局基礎基盤研究課材料開発推進室 学術調査官(兼務)
2016年 東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 准教授
●専門分野
光無線給電,光エレクトロニクス,半導体光デバイス

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