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特別寄稿 現場目線の開発力を積み上げ,創業60周年へ中央精機株式会社 相談役 堀田 節夫

教えを貫く,息づく為藤イズム

 私共の仕事の歴史の中で薫陶をいただいた一人を挙げさせてもらうとすれば,まず「為藤 尚」氏以外にありません。
 為藤氏は本稿で冒頭に述べました「SM工場顕微鏡」の設計技術者でユニオン光学の取締役技術部長が最後の役職でした。
 「鈴光」という顕微鏡を製造していた会社からユニオン光学に1948年に入社後,設計技術を担当され,1975年に亡くなられました(享年61歳)。
図6 バーサメット顕微鏡(ユニオン光学(株))

図6 バーサメット顕微鏡(ユニオン光学(株))

会社が倒産する35年前で最期のお仕事が「バーサメット顕微鏡」(図6)の製作でした。このバーサメットは「顕微鏡にとって“照明法”が大切なんだ」とする為藤氏の信条によってつくられたものです。
 透過,反射,斜光照明から,偏光,干渉コントラストの光源まで,検鏡に際しての照明装置が装備された計測用としても画期的な顕微鏡でした。設計者はいなくなってしまい,メーカーである会社は倒産し今では簡単に見ることもできない不幸な顕微鏡と言えましょうか。
 為藤氏はユニオン光学の代表的製品「UM万能金属顕微鏡」など主力製品を次々と開発し設計技術者として活躍なさいました。当時の社長が為藤氏を会社役員に推挙した時,「役員になるより自分の研究所が欲しい」との願いにより,本社の中庭に為藤研究所を建てたそうです。私事ですが,私もこの研究所には随分足を運び教えをいただきました。
 後日のことですが,為藤氏が私共の展示コーナーにお見えになった時,検鏡の資料に手元にあった銀硬貨を充ててあるのを見とがめられ,「これは何だ。この顕微鏡はこんなものを見るためにつくられたのか!」と,こっぴどくおしかりを受けたことは忘れることができません。
 私共の仕事はあくまで実用性が第一で,「常にユーザーと共に接してものづくりに励むべきだ」という為藤氏のお言葉を私共の信条にし,守っていきたいと願っています。
 私事ですが「計量制度100年記念」で功労賞をいただけたことも,ベースにこの教えがあってのことだと感じております。
 小さな企業ではありますが,社員一同,意をあらためて60年の理念を貫いて行きたいと願っています。どうかよろしく御指導御鞭撻の程お願い申し上げます。
堀田節夫(ほった・せつお)

堀田節夫(ほった・せつお)

1932年東京生まれ。1951年愛知県立時習館高等学校を卒業,同年4月早稲田大学第2文学部社会学科に入学。同科3年で中退,創業。1955年中央精機株式会社を創立,代表取締役社長を経て,同社相談役として現在に至る。
●日本光学測定機工業会 元理事。全日本光学測定機展実行委員長などを勤めた。

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