【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

国民を喜ばせ,国民に夢を与えたというのが一番の褒め言葉国立天文台 台長 林 正彦

幸いなことに,野辺山の世界最先端の望遠鏡で天体観測できた

聞き手:天文学の道に進んだきっかけからお聞かせください。

:中学生のころからいろんな本を読み,新しいことを見つけるのが非常に楽しそうだと感じて,研究というのをやってみたいと思いました。ですが研究とはなんなのか,ずっと後になるまでさっぱり分からないままでした。
 もっとも研究者になれるとは思っていませんでした。どこか研究に近いところまでいってみようと思い,大学に入りました。数学や物理系が好きでしたが,大学の数学は抽象的すぎてさっぱり分からなくて,物理系でも物理学,化学,この天文学,地球物理学とかいろんな分野がある中でどれに行こうかと考えた時に,成績の関係もあり天文学に行ってみようと思いました。天文学は非常に大ざっぱな学問ですが,それが私の性格にあっているとも思いました。物理学のように10けたの精度で合っていないと理論は認められないとか, そんなことを言われたらちょっと困ると。そういう大ざっぱな性格も考えて天文学を志しました。
 ところが,大学3~4年はほとんど物理学科の学生と一緒に物理の講義を受けて,天文学も週に2つぐらい受けるのですが,非常にクラシカルな天文学の講義でした。私の中ではほとんど天文学をやった気にならなかったので大学院に行きました。実は私はその時まで望遠鏡で星を見たこともありませんでしたから,子どものころから望遠鏡で星を見た,あるいは自分で望遠鏡を作ってどこそこに星を見に行ったという人たちが多くを占めるなかで,彼らが難しいことをしゃべっていても私には分かりませんでした。
 大学4年生の時に,野辺山の太陽電波観測所でデータを整理するアルバイトに行きましたが,ちょうど直径45mの望遠鏡の骨組みが組み上がって完成する間近で,こんなものができるのかと思いました。近くで見ると巨大で,大学院はここに来ようと思ったのです。
 研究というものがまだよく分からなくて,指導教官の先生の言うなりにやっていたら,天文学というのは一番重要なのは望遠鏡で,やはり最高の望遠鏡を作って使うことだと気付きました。もっと簡単に言うと,一番直径の大きい望遠鏡を作った人が最先端の研究ができる。あまり頭脳で勝負しなくてもいいところだというのが,だんだん分かってきたのです。
 それで,野辺山の望遠鏡が完成するまでの間,三鷹にも小さい電波望遠鏡がありましたので,1年ぐらいかけて,ひたすらある天体を望遠鏡で観測して修士論文にしました。
 その修士論文を書き上げたころ,野辺山の望遠鏡の開所式があり,観測が始まりました。最初の観測で,大変幸いなことに少し時間をもらえ,私は修士論文で観測した天体を観測したのです。三鷹の電波望遠鏡でそれまで1年かけて夜な夜な通って観測していた天体が,わずか2~3時間で観測できてしまいました。しかも,修士論文で書いたことが間違っていたことが分かりました。それで指導教官に「論文とはこういうふうに書くのだ」と原稿を真っ赤にされながら論文を書きました。当然のように英語で書いて,アメリカの雑誌に投稿しました。
ヘール・ボップ彗星を追う野辺山の45m電波望遠鏡。国立天文台野辺山宇宙電波観測所公式サイト→ http://www.nro.nao.ac.jp/

ヘール・ボップ彗星を追う野辺山の45m電波望遠鏡。
国立天文台野辺山宇宙電波観測所公式サイト
→ http://www.nro.nao.ac.jp/

 私は星や惑星ができるところを研究していて,1985年に池袋で星形成領域という国際会議があり,参加しました。日本でも, 野辺山の45m望遠鏡で星の形成に関する研究ができるようになったということで,世界の研究者を集めて研究会をやったわけです。
 そこで,ある外国の研究者から「お前があの林か?」と言われたのです。「あの林」と言われるような天文学者は,林忠四郎先生ただ1人です。「いやいや,私はあの林ではないぞ。まだ大学院生で,名もない林だ!」と言ったのですが,「お前はこの論文を書いただろう? あの天体を観測しただろう? だから,「あの林」なのだ。あれはなかなか良く書けていた」と言われ,私もびっくりしました。世界最先端の望遠鏡で観測して,なんだか分からずとにかくデータを論文にしたことで,それまで論文でしか名前を見たことがないような偉い先生にも私の論文が目にとまり,半分お世辞でも「良く書けている」と褒めていただけたので,大変うれしくなり,その後ひたすらこの世界を走ってきたというわけです。
 しかし,これは表の話でもあります。 <次ページへ続く>
林 正彦(はやし・まさひこ)

林 正彦(はやし・まさひこ)

1959年:岐阜県生まれ
1986年:東京大学大学院理学系研究科博士課程終了,理学博士
1986年:日本学術振興会特別研究員
1987年:東京大学助手
1994年:国立天文台助教授
1998年:国立天文台教授
2010年:東京大学大学院理学系研究科教授
2012年:国立天文台台長
●研究分野
電波天文学,赤外線天文学

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