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窒化ガリウムを選んだのはやけくそでしたカリフォルニア大学 サンタバーバラ校 中村 修二

MOCVD装置の改造の日々

 MOCVD装置は市販のものを買ったのですが,それではできませんでした。そこで,1年半くらい毎日,装置の改造をやりました。午前中に改造をやって,午後に反応をやる,そういうことを毎日やっていました。
 そしてtwo-flow MOCVD装置ができたのです。two-flowというのは,ガスの流れが2つあるという意味です。
 MOCVDは,基板の温度を高くしておいたところへ反応ガスを流しますよね。それが基板に当たって,分解して,膜が成長するのです。
 GaNの場合は基板の温度を1000°Cくらいにしないといけないのです。ほかの化合物半導体が500°Cとか600°Cであるのに比べると,非常に温度が高いのです。そうすると,普通のMOCVDでは大きな熱対流が起こるので,反応ガスが上に舞い上がって基板にうまく当たらないのですよ。
 どうしてこれに気づいたかと言うと,市販の装置そのままではほとんど成長しないのですが,反応ガスの流速を速くしたらちょっと成長が見られたんですね。それで,これはどうも対流のせいじゃないかと思ったわけです。
 それなら,ということで,横からやってきた反応ガスが基板の上で舞い上がらないように,上から不活性ガスを流して抑えつけるようにしたのです。これがtwo-flow MOCVDです。
 これが最大のブレークスルーでした。言葉にすると単純なのですが,まだなかなか誰にも真似ができないのです。ヒーターの設計が一番難しいんですね。私はそのあたりは得意なんです。10年間装置を自作し続けた経験が生きているのですよ。今の人はどんなにいい大学を出ても,改造ができないですね。私はそれまでずっと,ガラクタをかき集めて自作をやってきましたからね。ヒーターも自分で巻いたし,透明石英の溶接とかも,ずーっと自分でやってきましたからね。
 それまでの下積み経験が生かせたのと,今度はお金も出ましたから,案外すんなりいきました。原料から発光ダイオードまで全部自分でやってきて,よく分かったうえで取り掛かったのが良かったと思います。皆さん,すごいすごいと言ってくれるのですが,実は青色はあまり苦労はしてないんです。その前の10年のほうがよっぽど苦労しました(笑)。
 この装置で非常に品質の良いGaN結晶の膜ができたのです。
 ところで,GaN半導体で一番問題とされていたのが,n型はできるけれどもp型ができなかったことです。LEDなどを作るには,n型とp型が両方できないといけませんから。なぜできないかも分からなかったのです。
 1989年でしたか,赤崎先生がp型半導体ができるのを発見されていました。アクセプターとしてマグネシウムを入れて,電子線照射をしたらp型ができることを発見されたのです。ところが誰も同じ結果が得られませんでした。
 一方,われわれはマグネシウムをドープしたGaNをアニーリングしてみました。窒素雰囲気中で600°Cくらいで加熱したら,簡単にp型ができたのです。これが1992年のことです。
 電子線照射では,均一にするのが難しく,しかも表面だけなのですが,熱処理だと簡単にばーっと全面p型になります。
 それから,同じ年に,水素がマグネシウムにくっついてp型半導体になるのを疎外している,というモデルを提出しました。アニーリングすると水素がマグネシウムから出ていってp型になる,という発想です。これを水素パッシベーションと言います。
 物理の分野ではこれが一番認められています。分析は私は実際にはやらず,あとで他の人が分析して,やっぱり水素が関係しているとはっきり言ってくれました。
 それから,発光層に窒化インジウムガリウム(InGaN)を使う必要があるのですが,これも昔からできなかったのです。この発光層の組成を変えることで紫外から赤まで発光波長を変えることができるのですが。この材料でないとだめなのです。
 これもtwo-flow MOCVDでできました。
 そうしてそれらを組み合わせたらLEDができたのです。1992年のことです。
 あとはダブルヘテロ構造を採用してよく光るLEDを作ったのが1993年の終わり頃。それから量子井戸構造を取り入れたのが1994年です。
 そのあとはもう,GaNで世界初,世界一の成果を数か月単位でどんどん出してきたわけです。
 結局,このMOCVDの装置が良かったんですね。LEDもレーザーも構造はごく普通のものですからね。とくに新しいことはありません。

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