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研究室探訪vol.29 [大阪大学 山本・生田研究室]山本 俊 教授・生田 力三 講師

あの研究室はどんな研究をしているのだろう? そんな疑問に答える“研究室探訪”。
今回は,大阪大学 山本・生田研究室にお伺いしました。

量子インターネット実現に向けて

 山本・生田研究室では,量子暗号,量子コンピューター,量子テレポーテーションなど量子力学特有の「重ね合わせ」や「量子もつれ(エンタングルメント)」を利用する「量子2.0」とも呼ばれる「量子情報科学」について理論および実験的研究を行っている。その基盤となる学問分野である量子光学を追求して,光,原子,固体,超伝導等の量子系を制御し,量子コンピューターやその量子ネットワークである量子インターネットに向けた研究を行っている。
山本 俊 教授
2003年 総合研究大学院大学先導科学研究科光科学専攻修了 博士(理学) 2004年 大阪大学基礎工学研究科特任助教 2007年 同 助教 2011年 同 准教授 2018年 同 教授
生田 力三 講師
2011年 大阪大学大学院 基礎工学研究科博士後期課程修了 博士(理学) 2011年 大阪大学 基礎工学研究科 物質創成専攻 特任助教 2012年 同 助教 2022年 同 講師

[研究テーマ1]量子インターネット

 遠く離れた量子コンピューターなどの量子情報システム間での量子情報通信は光を用いて行われる。量子情報システムは,光,原子,イオン,半導体,超伝導回路など様々な物理系で実現されるが,各システムにアクセスできる光の波長は用いる物理系によって厳しく制限される。光通信においても,光ファイバーや自由空間といった光通信路の種類によって適した光の波長は大きく異なる。
 長距離量子情報ネットワークの実現には多くの課題があるが,その一つは量子情報システムにアクセス可能な光の波長が多くの場合可視領域付近にあり,光ファイバーでの効率的な光子伝送に不向きなことである。このため,量子情報システムからの発光光子を,量子状態を壊さずに光ファイバー通信波長帯域へ波長変換するための量子インターフェイスが重要となる。そのような量子インターフェイスとして,幅広い波長帯域に対応でき高い変換効率が報告されている導波路型PPLNによる波長変換の研究がさかんに行われている。
 研究室では,有望な量子情報システムの多くと相性のよい可視から近赤外の波長と光ファイバー通信で用いられる1.5 µm帯の通信波長に注目して研究に取り組んできた。物質量子系としてΛ型準位構造をもつ冷却87Rb原子集団を準備し,この原子集団とエンタングルした光子の偏光状態を壊さずに波長変換するために,PPLN素子とサニャック干渉回路を組み合わせた偏光無依存型波長変換器を開発し,冷却87Rb原子集団と通信波長光子間のエンタングルメントを生成することに成功した。

図1 冷却87Rb原子集団による量子情報システム
図1 冷却87Rb原子集団による量子情報システム


自己形成光導波路(SWW):UV硬化樹脂に光ファイバーから出射するUV光を照射することで,「つらら」のように自らの光で成長する光導波路。光ファイバーの端面へSWWを作製する場合,出射光強度が最も強いコア中心部から樹脂が硬化し,硬化部の樹脂の屈折率は未硬化部に比べて高くなる。硬化部と未硬化部の樹脂との屈折率差により光は閉じ込められ,樹脂の硬化部が成長し光導波路が形成される。

[研究テーマ2]低消費電力,高速地球規模の「全光」量子ネットワーク実現に向けて

 現在のインターネットを支えるのは世界規模で敷設されている光ファイバーネットワークであるが,長距離通信を影で支えているのが光中継器である。このような通信デバイスすべてを光デバイスだけで実現しようとする試みは全光ネットワーク構想と呼ばれ,低消費電力で高速インターネットを実現するのに有望とされている。このような全光ネットワークの量子版「全光量子ネットワーク」は,現在の中継器を,全光量子中継器に切り替えることで実現可能で,その結果実現される「量子インターネット」は,現在のインターネットの枠を超える,まったく新しい数多くの応用をもつ。
 このような量子インターネットを,世界規模の既設光ファイバーネットワークを用いて実現するには,ファイバー中の光損失に抗して通信をするために配されている現在の中継器を「量子」中継器に切り替える必要がある。これまで,この量子中継器の実現には物質量子メモリが不可欠とされてきたが,2015年に,物質量子メモリを必要とせず,光デバイスだけで所望の量子中継器の実現を可能とする「全光量子中継」方式が理論提唱された。しかし,この方式は,量子力学特有の性質である「エンタングルメント」によってはじめて可能となる「時間反転」というまったく新しい原理に基づいていたため,この原理を実証することが全光量子中継実現の要であり,最初の大きな一歩とされていた。
 研究室では,2019年に3光子のグラフ状態を同時発生し,この損失耐性付量子テレポーテーションを実現したことで,量子中継器の主要役割である適応ベル測定の原理検証を成功させるとともに,全光量子中継の「時間反転」の原理の確認に成功した。これにより,全光量子中継の「時間反転」を支えるエンタングル光子の効率的生成ができれば,量子中継器の設置数を増やしていくことで地球規模の量子ネットワークの構築が期待できる。

図2 全光量子中継実証実験を行なった光学回路
図2 全光量子中継実証実験を行なった光学回路

[研究テーマ3]ネットワーク型の原子量子コンピューター

 量子ネットワークにつながるモジュール化された量子コンピューターを実現することができれば,各モジュールをつなげることで大規模化して,望みの量子計算や量子通信プロトコルが可能になる。そのためには,量子コンピューターと光の量子である光子の間に「量子もつれ(エンタングルメント)」を作り出して,量子テレポーテーションを利用して,離れた量子コンピューター間の量子情報の配信をすることが重要となる。様々な方式の量子コンピューターにおいて,このようなネットワーク型量子コンピューターを目指した研究が行われている。われわれの研究室では,周期律表にあるような自然に存在する原子を冷却して,1つ1つの原子を量子ビットとして用いて構成した原子量子コンピューターをネットワーク接続するための量子インターフェイスやそれに必要な光子検出技術の開発に協力し,それらを融合したネットワーク型原子量子コンピューターの実現に向けた研究を行っている。従来は,1量子ビット対1量子ビットの接続のみの実証にとどまっていた量子ビット接続を多量子ビット対多量子ビットで実現するために,原子,光回路,光子検出器などの要素技術を多重化する試みに取り組んでいる。このような量子コンピューターは国のムーンショット型研究開発事業で定められた数々の目標のうち,目標6で目指す誤り耐性汎用型量子コンピューターの実現に向けたものである1)
1)https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal6/66_yamamoto.html

図3 ネットワーク型原子量子コンピューター概念図
図3 ネットワーク型原子量子コンピューター概念図

山本研究室より

 量子力学は20世紀初頭に確立して,約100年を迎えようとしています。この量子力学によって,われわれの身近な物理現象を正確に理解できるようになり,多くの科学技術が誕生しました。21世紀は,その第2ステージである「量子2.0」と呼ばれる「量子情報科学」の時代です。スゴイことができることはわかっていますが,どのように実現していくかも含めて,未知なことが多く,理学の人,工学の人,ビジネスの人などが切磋琢磨していて面白い領域です。

山本 俊 教授

大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 物性物理工学領域 山本研究室

住所:〒560-8531 大阪府豊中市待兼山町1-3
TEL: 06-6850-6445
E-mail:yamamoto.takashi.es@osaka-u.ac.jp
    ikuta.rikizo.es@osaka-u.ac.jp
URL:http://qi.mp.es.osaka-u.ac.jp/main/

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