光をどう使うかということを考えるような“本当の光学工業”の到来を期待したい。東京工業大学 像情報工学研究施設 辻内 順平
☆物理から切り離された光。
今ある光学会社のどこを見ても,光というものをどうやって使おうか,というようなことをやってる会社はあんまりないわけです。カメラとか顕微鏡とかは,極論すれば光がどうであろうが,知らなくてもよい。ただ磨いて組立てて……要するに精密機械工業なんですよね。で,私はエレクトロニクスは素人でして,大変独断的偏見に富んだ考えかもしれませんが,電気会社も過去エレクトロニクスが登場するまでは何十年もモーター類や発電機などを作ってきており,これも電気のことなんか知らなくても設計してしまえば,できてしまうというようなことがあったと思うんです。つまりあれも機械工業ですよね。
それで,今の光学工業というのはちょうどその頃の電気工学と同じ状態にあるのではないかと思うんです。その後電気に何が起ったかと言いますと,エレクトロニクスというのが出てきて,電子がどういう振舞いをするかということを調べて,それをどうやって使おうかということを考えて,やっているわけです。要するに電流がどう流れて,電圧がどうかかって,つまりエレクトロンがどう振舞うかということが分らないと何もできないんじゃないかと思うんです。
おそらく光も,光を使って何をやろうかとか,こんなことをやるには光をどう使おうかということをやる時代が来るんじゃなかろうかと,ちょうど電気工業から電子工業が出たみたいにね。つまりカメラや顕微鏡を作っているのと較べて,もう少し光というものをよく考えないと話ができないようなものを作ったり使ったりする時代がくるんじゃないか,光工学とか光エンジニアリングとか,フォトニックスとか,どういう言葉がよいのか分りませんが,そういう時代がくるんじゃないかと思うんです。これが本当の光学工業ではないんでしょうかね。
例えば光通信産業というものが定着してくれば光を使ってどうこうするということをみんな考えはじめると思います。そうしますと,エレクトロニクスが登場した時と同じに,必ず波及効果が光学の他の分野にも及ぶんじゃないかと思うんです。そうしますと,光学ないしは応用光学というのが,もう一度息を吹きかえすのではないか――物理の1分科としての光学ではなくて,実際的応用と密接した――最初から物理と切り離された,一つの工業としての中心的な媒体として光がくるんじゃないかと思うのです。
ひとつね,光が大変損なのは目に見えるということなんです。光だけを使って,つまりレンズと鏡だけを使ってボケた写真が元に戻ると言ったって,専門家は別として普通は皆さん信用しないんですよ。フーリエ変換だって,あんな大変な計算が光ができるはずがないというわけです。ところが,コンピューターに入れると綺麗な像になりますよ,画像もこう変わりますよというと皆さんは信用するんですね。
なぜかというと光は目に見えますからね。ですから光というと,分ろうとする前にある一つのイメージを持っちゃうんです。光――ああ,あれだ……大抵の発想はそこで止まってしまうんです。
☆光だけで全うする機械はもう出てこない。
光学屋さんのまずい点は,光で始まって光で終わらないとやらないような,特に産業界の方ではその傾向が強いですね。電気屋さんは逆でしてね。少しでも電気を使えば電気器具だ……つまり乾電池一個しか使ってない石油ストーブも電気器具の範ちゅうに入れてしまう――大変積極性があります。その点,光の方は大変保守的で,他人の領域に踏み込まないところがありますね。そんなことを言ったって電気屋さんに儲けさせるだけだとか,部品メーカーに成り下がってしまうとか何百年の歴史が泣くとかね。しかし,私は光だけで全うするような機械はもう出てこないと思うんですよ。双眼鏡が最後ですね。エレクトロニクスの入ってないカメラはもうないですし,光源を内蔵していない顕微鏡もないでしょう。そのうちに電気会社が豆球1個使うからといって顕微鏡を作り出すかもしれません。光だけで成り立つようなインストルメントはこの先ないはずです。そうなりますとね,電気屋さんに儲けさせるのではなくて,電気屋と一緒にやらないと光学の生きていく道はないわけです。ですから,重要と思われる――光通信にしろ何にしろ,これと思う重要な部品だけは,あるメーカーさんが抑えていて,他の誰も作れないというものを,一つでも二つでも確保するということが大事なことだと思います。間もなく電気会社,光学会社の区別が,そろそろなくなってくるじゃないでしょうか。
ただ残念なことは,今の光学会社はレーザーのようなものに,あまり興味をお示しにならないですね。レーザーを使ったものをお作りになるとい積極的な気配もあまりありませんし,レーザーを作ろうというところもありません。あれは別のものと思っておられるところがないでしょうか。大変残念ですね。レーザーに関係あるコンファレンスとか講習会にもっと出てきていただいてね……ただ研究者は別ですよ。光学会社の研究者にはレーザーとかホログラフィをやっている人はかなりおります。しかし残念ながら会社全体のフィロソフィから言いますとあれは別のものだと。レーザーは電気屋さんのもので真空管と違わないんだと。そういうお考えをお持ちのところが多いんじゃないでしょうか。(文曜 M.M.,O plus E 1981年1月号掲載)










