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タンポポの綿毛東京工業大学 松谷 晃宏

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 ずっと気になっていたタンポポの綿毛(冠毛)の周りの気流を一度見てみようと思い,シュリーレン法で観察することにした。物理の実験としては,綿毛下方から層流を当てて,綿毛上方の渦を風洞実験の要領で観察する方法が主流であるが,綿毛がふわふわ飛んでいる時にはいろいろな状態の気流の中に身を置いていることになると思われるので,ひとつ自分で確かめてみることにしたわけである。シュリーレン法というのは,光の通る媒質の屈折率のむらを鮮明に見えるように工夫したもので,ちょうどよい日当たりの時に陽炎が障子にうつって見えるような方法である1)~3)。
 それでは実験してみよう。手元の2本の望遠鏡の対物レンズを向かい合わせて,光源側の焦点位置にはピンホールを置き,もう一方の焦点位置にはカッターナイフの刃を設置してシュリーレン法の観察装置とした。光源は白熱電球である。綿毛には写真の下方から気体を吹きかけた。この実験で用いた気流は,埃を吹き飛ばすために使うスプレー缶のノズルからの気流で,空気よりは重い気体である。この観察では,ナイフエッジを本来の位置から少しずらして,綿毛近傍の気流の状態が見やすくなるようにしてある。実験してみると,図1に示すように,綿毛周辺の気流は実にさまざまな状態であることが見えてきた。まずは,綿毛の周りを包むような左右対称の形の存在にワクワクするわけであるが,上段の写真のような対称的な様相や,中段の写真のように,かなり遠方の領域にも綿毛の影響があることが見える。また,下段の写真のように,少し横からの風では非対称な渦の形成も見られる。これらは平面的な現象ではなく立体的な現象であるから,その形状を想像してみるのも楽しいことである。タンポポの綿毛を光学顕微鏡で拡大すると,図2に示すように,直径約20 μmの約100本の主たる綿毛には枝のような短い綿毛があり,まるで綿毛の森を探検しているような風景である。ピンセットで触った印象では,細くても予想以上にしっかりした手応えである。タンポポは,空気の特性などは百も承知で,花の後は可憐な衣を纏い,次の命の旅立の準備を整えているのである。しかも,飛行中の姿は私たちの心を和ませてくれる。
 自然の仕組みはとても素晴らしく,興味深い。自然から送られるメッセージは見逃さずに大切にしたいものである。

(参考文献)
1)中谷宇吉郎:“「光線の圧力」の話”,漱石全集, 第十五巻, 月報第九号(1936)
2)中谷宇吉郎:“「茶碗の湯」のことなど”,婦人之友(1942 年6 月)
3)鶴田匡夫:「続 光の鉛筆」,アドコム・メディア, p. 66(1988)

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