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大気の揺動東京工業大学 松谷 晃宏

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 星からの光は大気の厚い層を通過して望遠鏡に入射する際,空気の屈折率分布が一様でなく,それが時間的に変動するために光は直進せず,星の像は不規則な形状を示す。それが時々刻々,上下左右に動いたりまたたいたりするので,短い露光時間で写真を撮るとアメーバやヒトデのように不規則な像になる1),2)。屈折率分布の乱れは地球大気中の温度ゆらぎのためで,星のまたたきは星の光度の変化と位置の変化として観測される。光度の変化をシンチレーション(scintillation),位置の変化をシーイング(seeing)と呼ぶ。日本国内の天文台では,可視光で観測する場合のシーイングは2秒角程度になることが多いそうである3)
 それでは,大気の揺動を観察してみよう。内合11日前の金星が西の低い空に見えた機会に撮影をしてみた。望遠鏡で見た金星は低空での大気の揺らぎのため,形状の変化も激しく様々に色づいた姿も見えた。図1は,口径60 mmの屈折望遠鏡を用いて,1/30秒の露光時間で1秒間に3コマ程度で連続撮影した写真である。撮影時の金星の高度は約12度であった。大気の揺らぎによる金星像の変形がよくわかる。この時の金星の視直径は約55秒角である。口径60 mmの望遠鏡の分解能は約2秒角である。この望遠鏡の対物レンズはアクロマートで焦点距離は1200 mm,すなわちF20であるから色収差は無視できる。ところどころに色の変化があるのは,揺らいだ大気がプリズムのように作用しているためである。図2は,図1の12枚を含む25枚の写真を重ね合わせた像である。平均化された像では,三日月形の金星の形がよくわかるようになる。よく見ると,金星像の上下に青と赤の像が見える。空気の屈折率の変化に起因する大気差は波長によって異なるため,波長による天体の見かけの位置のずれが色のにじみとして観測される。これを大気分散と呼ぶ3)。これにより,波長の短い青色の光は天頂方向にずれる。シーイングは一般的に冬よりも夏のほうが安定している。ピタリと静止した像を観察できるのは,年間を通して数日あればよいほうであるが,その時はたいへん気持ちのよい像が観察され,感動的である。観測には邪魔になる大気も,私たちにはとても大切なものである。その揺動は星のまたたきとして人々の心に幸せを映すこともある。冬の星座の星々が瞬いてとてもきれいに見えた経験は,誰にでもあることだろう。
 このような大気の揺動の実際の時間的な位置ずれや色の変化の程度は,文章で理解はできても実感としては得にくいものである。これに限らず,科学は観察が基本であるから,自分の目で確かめるという姿勢が大切である。Seeing is believing,百聞は一見に如かず,である。

参考文献
1)鶴田匡夫:「光の鉛筆」,アドコム・メディア,p. 128(1998)
2)鶴田匡夫:「第4・光の鉛筆」,アドコム・メディア,p. 70(2000)
3)インターネット天文学辞典:日本天文学会 https://astro-dic.jp/

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