ピンホールカメラ東京工業大学 松谷 晃宏
- 説明文
- 写真
針穴写真という単語は,誰でも一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。「光の鉛筆」に,ピンホールカメラについて書かれた部分があるので,端折りながら抜き出してみよう1)。
「小さな孔(ピンホール)を通して光を暗箱に導くと,外の景色の逆立ちした像が得られます。ここに写真乾板やフィルムをおけば,ふつうのレンズ付きのカメラと同様に写真を得ることができます。(中略)点光源の像の光の分布は,開口からの距離によって光のまとまり方がいちばんいい場所が存在することがわかります。これを像の位置と考えると,レンズと同様にピンホールカメラにも焦点距離があることになり,その大きさはa²/λで与えられます。ここにaはピンホールの半径,λは光の波長です。」
それでは実験してみよう。手元にあった走査型電子顕微鏡用の薄い金属製の絞りをピンホール(針穴)として紙筒の先端に取り付け,レンズの代わりにカメラに装着して準備は完了である。比較実験のために,2種類の針穴の径と撮像面までの距離を用意した。焦点距離の求め方は上記以外にもいくつかの方法がある2)。図1の写真は,ピンホールカメラの視力検査の結果である。子供の頃,針で開ける穴は小さいほどよいと思って懸命に針で突いた覚えのある読者も多いことだろう。ところが,検査結果では,針穴の口径と焦点距離の関係には最適値があることが一目瞭然である。図1の口径650 μm,針穴から撮像面までの距離400 mmの場合には,近眼の筆者の眼は節穴かと思うほど針穴は優秀な視力である。視力1.0は角度の1分を見分けられることだから,図1の例では,2分角はなんとか見分けられそうだ。実は,針穴の実力は同じF値の無収差レンズと同等なのである。図2は,筆者の勤務先のキャンパスの建物を撮影した例である2)。一般的な風景の撮影でも,針穴の径と撮像面までの距離の関係には最適値があることがわかるだろう。ところで,針穴がそれほど優秀ならば,望遠鏡として使ってみてはどうかと試みたのが,図3の満月の写真である。まさに針の穴から天を覗いてしまったわけだが,結果としては,針の穴でも月の海や光条をもつクレータの存在がわかった。月の視直径は約30分角だから,検査結果の通りに2分角くらいは見分けられていることがわかる。針穴から撮像面までの距離が長い針穴写真機は非常に暗い光学系となり,目標を捉えるのは,まさに針穴に糸を通すような状況である。それでも,小さな針穴の潜在能力には驚くしかない。どうやら針穴にすっかり嵌まってしまったようだ。
参考文献
1)鶴田匡夫:「光の鉛筆」,アドコム・メディア,pp.27-28( 1998)
2)伊賀健一,波多腰玄一:O plus E,Vol.39,No.12,pp.1236-1247(2017)
「小さな孔(ピンホール)を通して光を暗箱に導くと,外の景色の逆立ちした像が得られます。ここに写真乾板やフィルムをおけば,ふつうのレンズ付きのカメラと同様に写真を得ることができます。(中略)点光源の像の光の分布は,開口からの距離によって光のまとまり方がいちばんいい場所が存在することがわかります。これを像の位置と考えると,レンズと同様にピンホールカメラにも焦点距離があることになり,その大きさはa²/λで与えられます。ここにaはピンホールの半径,λは光の波長です。」
それでは実験してみよう。手元にあった走査型電子顕微鏡用の薄い金属製の絞りをピンホール(針穴)として紙筒の先端に取り付け,レンズの代わりにカメラに装着して準備は完了である。比較実験のために,2種類の針穴の径と撮像面までの距離を用意した。焦点距離の求め方は上記以外にもいくつかの方法がある2)。図1の写真は,ピンホールカメラの視力検査の結果である。子供の頃,針で開ける穴は小さいほどよいと思って懸命に針で突いた覚えのある読者も多いことだろう。ところが,検査結果では,針穴の口径と焦点距離の関係には最適値があることが一目瞭然である。図1の口径650 μm,針穴から撮像面までの距離400 mmの場合には,近眼の筆者の眼は節穴かと思うほど針穴は優秀な視力である。視力1.0は角度の1分を見分けられることだから,図1の例では,2分角はなんとか見分けられそうだ。実は,針穴の実力は同じF値の無収差レンズと同等なのである。図2は,筆者の勤務先のキャンパスの建物を撮影した例である2)。一般的な風景の撮影でも,針穴の径と撮像面までの距離の関係には最適値があることがわかるだろう。ところで,針穴がそれほど優秀ならば,望遠鏡として使ってみてはどうかと試みたのが,図3の満月の写真である。まさに針の穴から天を覗いてしまったわけだが,結果としては,針の穴でも月の海や光条をもつクレータの存在がわかった。月の視直径は約30分角だから,検査結果の通りに2分角くらいは見分けられていることがわかる。針穴から撮像面までの距離が長い針穴写真機は非常に暗い光学系となり,目標を捉えるのは,まさに針穴に糸を通すような状況である。それでも,小さな針穴の潜在能力には驚くしかない。どうやら針穴にすっかり嵌まってしまったようだ。
参考文献
1)鶴田匡夫:「光の鉛筆」,アドコム・メディア,pp.27-28( 1998)
2)伊賀健一,波多腰玄一:O plus E,Vol.39,No.12,pp.1236-1247(2017)