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高分子球晶の織りなす世界 ―光と熱のイメージング―東京工業大学 森川淳子

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 高分子研究の醍醐味(だいごみ)の一つに,偏光顕微鏡をのぞいたときの高分子球晶の美しさがある。その新鮮さは,初学者であっても,第一線の研究者であっても変わらない。ましてや,図1に示すような,リング状球晶を思いがけず見つけたときなどは,有機材料を研究して良かったと思う瞬間である。
 高分子を融液から結晶化させると,偏光顕微鏡下に球晶と呼ばれる結晶構造が生成する。これはKellerらの高分子折りたたみ鎖単結晶の発見からさかのぼること12 年,1945 年にBunnらによって報告された。球晶は分子鎖が層板面に垂直に並ぶ結晶ラメラ(鎖状高分子が折りたたまってできた板状結晶)が結晶核を中心として放射状に成長して形成される。このラメラ晶が右巻きまたは左巻きでねじれていく場合に,球晶に同心円状のリングパターンが表れる。ねじれの起源の一つに,高分子鎖のキラルな分子構造(右手と左手の関係のように分子構造が左右反対になっているもの)があるとされるが,図1は生分解性高分子として知られるポリ-L- 乳酸のリング状球晶である。偏光顕微鏡クロスニコル下(図1a)でマルテーゼクロス(十字状の影。マルタ十字のこと)を示す,典型的な負の球晶(屈折率楕円体の遅相軸[分子鎖方向]が球晶半径方向に垂直)である。一方,試料に円偏光を入射し,透過後の楕円偏光を解析することにより,画面全画素の位相差と遅相軸方位を定量的に求めた結果が図1b,cである。図1bの位相差は273nm 周期の偽色で表され,図1cの遅相軸方位は色とベクトルで方位の分布を示す。負の球晶では,ベクトルは成長方向の接線方向であるが,正の球晶であれば半径方向となる。
 筆者らは,材料の熱伝導性の計測とそのイメージング化を進めているが,熱伝導率・熱拡散率はテンソル量であり,分子鎖の配向と密接な相関を持つ。図1のリング状球晶では,分子鎖方向(図1a,cでは消光位[黒],図1bでは濃紺の帯の位置に相当)とその垂直方向(図1bで赤色の帯の位置)では熱拡散率に2 倍ほどの差異があり,ラメラ晶のねじれとともに連続的に変化することを見いだした。さらに,この熱伝導異方性の空間分布は,AFM(Atomic Force Microscope)を用いた熱分析による見かけ融点の分布プロフィールと相関を持つことが明らかとなり,高分子の高次構造と熱伝導性の理解に一石を投じる結果となった。
 光学技術が分野をまたぐことで,一つのブレークスルーが生まれ,次の発見への契機となった,印象的な一枚の写真である。

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