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パルスレーザーホログラム美術家 石井勢津子

  • 説明文
  • 写真
 写真はパルスレーザーホログラムをマスターとしたレインボーホログラムである。
 1978年から3年半,東京工業大学像情報工学研究施設の辻内研究室で研究生として,ホログラムを学んでいた。同ホログラムはその時制作されたものである。当時私は,物理を学んだ後もう一度美術学校に入りなおし絵描きになる決心をしていた。ところが気が付けば絵の具と筆の表現では満足できず,偶然出会ったホログラムに魅せられて再び大学に戻ることとなった次第である。
 卵のもつ形やイメージは,古今東西,画家や彫刻家をはじめ多くの芸術家たちを魅了し制作意欲を刺激してきた。私もその洗礼をうけ,その頃卵を素材とした一連の作品を制作していた。研究室にルビーレーザーが眠っていることを知り,ガスレーザーではけっして撮影できないイメージとして思い浮かんだのがこのシーンであった。ところがルビーレーザーの扱いはなかなか厄介で,光軸の不安定さや,時々のコヒーレントの乱れに加え,卵の落下とトリガーのタイミングあわせを手動で行ったためこれがまた一苦労であった。タイミングがうまく合ったと思ったらホログラムが暗いとか……2パック準備した卵を割り続けて最後の1個,これでだめなら今回はあきらめようと思いながらのラストシューテイング。それがなんとすべての条件が整ったベストの一枚となり,“Crystal White”のマスターホログラムとなった。
 “Crystal White”はアメリカのフィラデルフィアにあるFranklin Institute(ベンジャミン・フランクリンの名に由来する科学館)で1979年に企画されたホログラフィーの展覧会“New Space”に出品展示された。
 ちょうどこの年,私はブラジルに出かける機会を得た。サンパウロで2年ごとに開催される現代美術の大規模の国際展,サンパウロビエンナーレに日本からの作家として出品するためであった。はじめての留学先はフランスであったため,それまでヨーロッパの国々は訪れたことはあったが,アメリカ大陸は初めてであった。ブラジルは日本から地球の正反対に位置する。帰路,サンパウロから同緯度線上をそのまま北上して,ニューヨークに立ち寄った。当時ニューヨークにはソーホー地区の南のはずれにMOH(ホログラフィー・ミュージアム)があり,ディスプレイホログラフィーの活発な情報発信の中心であった。そこの訪問がニューヨークの一つの目的であった。これが後に3度にわたってMOHのアーティスト・イン・レジデンスとして作品制作するきっかけとなったことは言うまでもない。そしてニューヨークから特急列車で数時間のフィラデルフィアに“New Space”を見に出かけたのである。
 ところでフィラデルフィアには,マルセル・デュシャン(1887~1968)の大コレクションで有名な美術館がある。マルセル・デュシャンは“現代美術の神様”とも言われ難解な現代芸術のパイオニアであり,彼の没後,遺作がその美術館に寄贈された。まだ駆け出しであった現代美術作家の私としては,それまで写真でしか目にできなかった本物の作品に出会える絶好の機会として,Franklin Institute訪問の後そこに立ち寄った。ところがデュシャンのコレクションスペースだけは1週間のうち限られた曜日しかオープンしていないことを知る。この美術館には数年後ゆっくり時間をとって訪れることとなる。このコレクションにまつわる面白いエピソードがある。デュシャンの遺志で作品が美術館に寄贈されたが,当時美術館側は受け入れに消極的で「預かり」という姿勢だったようだ。ありがた迷惑といった程度だったのであろうか。あまりに革新的な仕事のため評価がまったく分かれていたのである。ところが,今では彼の作品を見るために世界中から観客がこの美術館を訪れている。
 この写真をみると,当時のホログラフィーやアートを取り巻く活発でめまぐるしい状況や苦労が一緒くたになって思い出される。実は2000年の暮れ,ニューヨークで20数年ぶりにパルスレーザーホログラムを制作する機会を得た。レーザー技術の進歩もさることながら,パルスで撮影可能なイメージは実に多様で,あらためてパルスレーザーホログラムの魅力を再確認した次第である。ちなみにその時撮影したシーンは,水滴の落下,羽毛の浮遊と落下,ポップコーンの空中散乱,シャボン玉などなど。このうちの一部はすでに白色光再生タイプに仕上げてあるが,残りの多くはまだ私の倉庫の隅に静かに眠ったままである。これらの作品がいつかまた皆様にご紹介できる機会があることを願っている。

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