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すばる望遠鏡の実現を確信した夜国立天文台 家正則

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 1989年10月14日夜。国立天文台の一角で能動光学の実証実験が成功した。
 1984年から検討を重ねてきた国立天文台の大型光学赤外線望遠鏡計画(当時はJNLT計画,のちにすばる望遠鏡と名づけられた)の最大の挑戦課題が,主鏡能動光学方式の開発であった。能動光学とは,薄いガラス鏡をコンピューター制御のアクチュエーター群で支え,その鏡面形状をリアルタイム制御して,常にチューニングされた望遠鏡を実現しようというアイデアである。直径8.2m のガラス鏡を現実的な予算と工期で実現するには,なんとか薄くして主鏡を軽量化する必要があった。薄くすると変形しやすくなるが,むしろその難点を逆手にとって制御してしまおうという発想だった。能動光学は,(1)鏡面形状誤差分布は完全直交関数系で一意的に展開表現できることと,(2)変形修正量は補正力に比例するというフックの法則,だけに立脚したアイデアなので,原理的にはうまくゆくと思っていた。だが,原理的にはうまくいくはずでも,実際にはそう甘くない例は枚挙にいとまない。
 写真1 は,実証実験用に製作した直径62cm,厚さ2cm の球面鏡を能動支持するプロトタイプ望遠鏡である。鏡は9 本のアクチュエーターと3 カ所の固定点の合計12 カ所で支え,そのアクチュエーターの支持力を計算機制御で微調して,鏡面形状の変化をシャック・ハルトマンカメラで測定する。鏡とカメラは国立天文台が製作し,アクチュエーターは三菱電機が製作した。この日は,鏡をわざと折り曲げて非点収差を作る実験を初めて行った(写真2)。あらかじめ計算してあった変形どおりに鏡が曲がったことがカメラの測定結果で確かめられ,実験班一同手を取り合って喜んだ。この実験結果をとりまとめ,3日後に福岡で開催された日本天文学会で速報し,すばる望遠鏡実現への目処がたったことを報告した。この発表は当時NHK などでも報道していただいた。
 その後,この実験機を用いた測定から「稼動中のすべての望遠鏡は夜間,鏡自体から陽炎を立たせながら観測している」ことが実証され,世界中の天文台がドーム内部や鏡の冷却を本気で考えるきっかけとなった。この実験機による一連の実験は,国際的な望遠鏡の教科書にも取り上げられている。
 62cmの鏡で実証した原理は,9年後の1998年8月にピッツバーグの研磨工場で直径820cm,平均自乗誤差14nmという世界最大で最高精度のすばる望遠鏡主鏡として,現実のものとなった(写真3)。完成した鏡は太平洋をわたり,1999 年1 月にマウナケア山頂でファーストライトを迎えた。現在,この望遠鏡の利用申請は競争率7 倍で,内外の天文学者が宇宙の果てを見ようと,さまざまな観測を行っている。

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