【重要】OplusE 本体価格・定期購読料金改定のお知らせ

光学技術や精密工学技術のいろいろな領域で 世界のトップレベルまで引き上げなければいけない という使命感みたいな気持ち(前編)元(株)ニコン 鶴田 匡夫

研究部への異動

聞き手:どんなことがきっかけで研究部への異動を希望されたのですか。

鶴田:検査の仕事に慣れるに従って,隣りの芝生は青いというのでしょうか,研究や開発のいわば川上の仕事をしたい気持ちが強くなりました。USAからはレーザーの発振が伝えられ(1960),日本でも追試が始まった頃でした。さらに,1963年には連続発振のHe-Neレーザーを光源に使って,極めて良質な再生像が得られるホログラフィー技術が同じくUSAで開発されることになります。全く新しい光を使ってこれまではできなかったことができるようになるという期待が膨らむ一方だった時期でもありました。
 1961年暮れに研究部藤野研究室への異動が発令になりましたが,仕事はそれまでに検査部で手掛けていたりやりたいと考えていたレンズの収差測定法などを,今度はフルタイムで進めることになりました。

聞き手:その後しばらくしてホログラフィーフィーバーが起こったのですね。

鶴田:ホログラフィーとはひとことで言って,「3次元物体の像をレンズを使わずにその振幅・位相とも記録・再生できる」技術です。そのため実に多くの学界・産業界の研究者・技術者が参加して膨大な量の論文が発表されるようになりました。その中で私が特に興味をもったのは従来の干渉測定の対象が一般の粗面表面をもつ物体に拡張できる点にありました。このとき,干渉縞の形成と局在の古典理論をほぼそのままホログラフィー干渉法に適用して,新しい高精度の形状,変形,振動などの測定を提案したり,非レーザー光を使ってもホログラムを作成できる条件を探すなど論文を書きまくった時期がありました。
 その頃この種の応用で商業ベースに乗るような仕事をした人は確かにいましたが,そのために社内の私の仲間を参加させたり大きな投資を申請する自信がありませんでした。私の関心はそれらとは別の方向に向かうようになったのです。その後何年かして,E. Wolf先生から当時の私の研究を中心に,Progress in Opticsに総合報告を書くよう依頼を受けましたが,残念でしたがお断りしたことを思い出します。

聞き手:別の方向とおっしゃいますと?

鶴田:当時の日本光学はカメラでこそ有名になりましたが,光学技術や精密工学技術ではいろいろな領域で世界のトップレベルに遅れをとっていました。それらを引き上げなければならないという使命感みたいな気持ちが強くなっていたのです。その間にも私の周りには物理だけでなく機械系や電気・電子系の人たちが,意識してそうしたのですが,増えてきていました。
 研究者一筋というのではなく,仲間と一緒にある技術の具体的な達成目標を決めて,例えば光学ガラスの屈折率測定の精度を1桁向上させるにはどうすればいいか,あるいは非球面を作るのに数値制御のジェネレーターを作れないか,あるいは回折格子刻線機をレーザー光で制御してどこまで行けるか,あるいは顕微鏡を使って位置決めの精度をどこまで上げられるか,ようやく製品に組み込めるようになったマイコンを測定機に組み込んで何ができるか,といったことを社内のいろいろな部門の仲間と一緒にやるようになりました。会社がこれから必要とするに違いないと見当をつけた技術のstate of the artを世界の最高レベルに近づけ,できるなら追い越そうという活動です。この用語は1960年代前半からUSAで使われるようになったらしいもので,「ある時点で到達している技術の最高水準」というほどの意味です。テクノロジーでもサイエンスでもなくアートなのが面白いと思います。強いて訳せば「技」でしょう。
 後に生産ラインに使われたり,社製品に組み込まれたり,新規性を主張して特許を申請したり,世界水準よりもいいデータが得られたとして学会発表したり,要するに日の目を見ることになる活動ばかりではありませんでしたが,いずれも社内のアートの蓄積には確実に貢献できたと信じています。1970年代の半ばになると,私の研究所勤務もそろそろ終わりに近づいていました。

<次ページへ続く>
鶴田 匡夫

元(株)ニコン 鶴田 匡夫

●鶴田 匡夫(つるた ただお)先生 ご経歴
1933年 群馬県北甘楽郡富岡町(現 富岡市)生れ 1956年 東京大学理学部物理学科卒 同年 日本光学工業 (現 ニコン)に入社 1967年 工学博士 1987年 取締役 1993年 常務取締役開発本部長 1997年 取締役副社長 2001年 退任
●専門分野
応用光学
●主な受賞歴
1964年 第5回応用物理学会光学論文賞
2004年 第4回応用物理学会業績賞(教育業績)
2019年 第3回光工学功績賞(高野榮一賞)
●著書
『光の鉛筆』11冊シリーズ
『応用光学Ⅰ』(1990) 『応用光学Ⅱ』(1990)

私の発言 新着もっと見る


本誌にて好評連載中

私の発言もっと見る

一枚の写真もっと見る

研究室探訪もっと見る