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光学技術や精密工学技術のいろいろな領域で 世界のトップレベルまで引き上げなければいけない という使命感みたいな気持ち(前編)元(株)ニコン 鶴田 匡夫

今まで知らなかった面白い世界を見つけた喜びは格別

聞き手:忙しい日常業務の中から,後に『光の鉛筆』にお書きになるような広い知識と見識を身につけられたのですね。

鶴田:いい環境には違いなかったのですが,それだけでは仕事の中に埋没してしまって現場の物知りで終わってしまう危険もあったと思います。私にとって幸運だったのは,入社した翌年に設計や研究の有志が始めた読書会に誘ってもらう機会があったことです。H. H. Hopkins: Wave Theory of Aberrations (1950),E. H. Linfoot:Recent Advances in Optics (1955),Tolansky: An Introduction of Interferometry(1955)など,当時まだ出版間もない本を取り上げていました。これらの本の例題ともみなせるような実験を,やろうと思えばいつでもできる器材が現場や研究部にはごろごろ転がっていて,その中には検査にすぐ使えるようなケースもありました。例えば先程の天体望遠鏡主鏡のナイフエッジテストの結果を直接解析する手法はLinfootの本に詳しく述べられていました。こうして,今まで知らなかった面白い世界が身近にあることを見つけた喜びは格別のものでした。これまでルーティン化していた検査法を改良するとか,新しい測定法を特に干渉計を使って試みたいとかを上司に申し出て認めてもらうのに大きな困難はありませんでした。
 そんな中,入社3年目が終わる頃に,藤原さんから光学懇話会(1952年設立,日本光学会の前身)の文献抄録委員の彼の後任に私を推薦すると言われました。出版されたばかりの論文の中から自分で選んで抄録し,それを隔月に開かれる委員会で報告するというもので,その時の委員長は東大生研の小瀬輝次先生,委員の中にはこの会合がきっかけになってその後長くお付き合いが続くことになる田中俊一(東大工),竜岡靜夫(NHK技研),佐々木泰三(東大教養),笠原正(小西六),田幸敏治(計量研)などの諸先生がいらっしゃいました。皆さん私より年長の方々です。委員の方々はそれぞれ所属する機関や企業のいわば看板を背負っている研究者・技術者でした。研究でも設計でもない,しかも経験の少ない現場の技術者に務まるかどうか不安でしたが,兄事する藤原さんのお心遣いが有り難くお受けした次第です。娘が生まれる半年程前のことでした。仕事の上で目先のテーマに関連するものだけでなく,光学と光学器械のもっと広い領域に関心をもって専門書や論文を始めとするさまざまな技術資料に目を通し,その中から特に記憶に留めておきたいものをノートするという私の習慣はこの時に始まったと言ってよく,同じ会社内とはいえ,検査に始まり研究所,カメラ事業部,システム部,光学部と渡り歩いた間変わることがありませんでした。「光の鉛筆」の執筆は引退後も長く続きました。

マイケルソン干渉計との出会いとその後

聞き手:今年度の「光工学功績賞(髙野栄一賞)」の授賞理由に「干渉計測分野において多くの先駆的な研究と技術開発を行いました」とありますが,干渉計との出会いをお話し下さい。

鶴田:昭和30年代(1956~65)には自社製品だけでなく他社,特に外国製品の分解修理を引き受けることがありました。恐らく分解して製作や組み立ての実際を調べる,今でいうreverse engineeringの意味があったのでしょう。その中にHilger社製の小型マイケルソン干渉計がありました。光束分離用半透鏡の薄膜が剥れたので新しい膜を蒸着し,あわせて干渉計全体を再調整して欲しいという依頼でした。それが私の所に回って来たのでした。先に挙げたTolanskyの本や,C. Candler:Modern Interferometers(1951)などを手許において,水銀灯やナトリウムの単色光源をピンホールから段々拡げていって干渉縞の局在性を調べたり,白色光を使って美しく着色した干渉縞を観察できるようになるのにそれほど時間は掛かりませんでした。干渉計,その中でもマイケルソン干渉計やマッハ・ツェンダー干渉計は振動に極めて弱く,しかも調整するのが難しいと言われていますが,それほどではないと実感しました。勘所を押さえて設計すれば再現性のいい干渉計を作れることも分かりました。人の褌で相撲を取った次第です。
 そこで干渉計をいわばアナログ計算機として使って,当時取り上げられることの多かった回折像の諸性質,特に点像の複素振幅分布やレスポンス関数,波面収差などを測ってみようと考えました。具体的にはマイケルソン型レンズ干渉計を組み立てて顕微鏡対物レンズの点像の振幅分布を測ったり,偏光型シャリング干渉計で写真レンズのレスポンス関数を測定する干渉計を試作したり,その一部を学会で発表したりしました。それらを東大生研の久保田広先生に高く評価していただいて,先生の研究室が主催する勉強会に出席させていただいたりしました。この一連の研究は後に光学論文賞(1964)と,学位論文(1967)に実を結びました。
 研究所に異動後も,干渉計測の仕事は続けました。レンズの中心厚を白色縞を使って測定したときには,この干渉計で測定にかかるのは屈折率ではなく群屈折率だということを入社間もない若い同僚の市原裕君に指摘されたことがありました(1974)。市原君は後にステッパーに係わる干渉計測を中心とする諸測定法の開発とその実施に中心的役割を果たしました。最近アドコム・メディアから出版された「干渉計を辿る」の著者です。

受賞記念対談にて本宮佳典先生(左)と(OplusE2020年5・6月号)


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鶴田 匡夫

元(株)ニコン 鶴田 匡夫

●鶴田 匡夫(つるた ただお)先生 ご経歴
1933年 群馬県北甘楽郡富岡町(現 富岡市)生れ 1956年 東京大学理学部物理学科卒 同年 日本光学工業 (現 ニコン)に入社 1967年 工学博士 1987年 取締役 1993年 常務取締役開発本部長 1997年 取締役副社長 2001年 退任
●専門分野
応用光学
●主な受賞歴
1964年 第5回応用物理学会光学論文賞
2004年 第4回応用物理学会業績賞(教育業績)
2019年 第3回光工学功績賞(高野榮一賞)
●著書
『光の鉛筆』11冊シリーズ
『応用光学Ⅰ』(1990) 『応用光学Ⅱ』(1990)

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