【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

その時点では反論できない厳しい指摘だとしても, そこでやめてしまっては,チャンスはつかめない東京工業大学 山口 雅浩

ホログラムからマルチスペクトル,さらにAIへと研究テーマが広がる

聞き手:現在,中心にしていらっしゃる研究は,その当時の研究からどうつながっていくのですか。

山口:当時の延長線上にあるホログラムの研究は今も続いています。ホログラムプリンターでの立体像アウトプットについては今は行っていませんが,光線を再生するディスプレイという考え方を電子的なホログラムに応用していく研究は続けています。電子的なホログラムでは,ホログラムとして記録する干渉パターンをコンピューターで計算する必要があるので,光の波動伝搬のシミュレーションを行います。計算機合成ホログラム,CGHと呼ばれるものです。しかし,我々が目にする実世界の情景を波動伝搬のモデルでシミュレーションするのは複雑すぎて困難です。一方,コンピューターグラフィックスの技術は光線に基づいていますが,近年では実写と見分けられないような映像生成が可能です。そこで,コンピューターで処理する光の情報を光線と波動で使い分けることによって,ホログラムの良さを失わずに,リアリティの高い質感表現や奥行きの深い空間の再現などを行う方法を検討しています。例えば,表面の光沢であったり,透明物体での光の屈折やダイヤモンドの輝きなどは,他の方法では難しいと思います。コンピューターで生成したホログラムによってリアリティー高く3次元空間を再現するディスプレイの可能性を,目に見える形でデモンストレーションしていきたいと考えています。
 ホログラムは光の回折の現象を使っています。光の回折は波長によって回折の角度が変わるので,ある種のホログラムは虹のように見えます。それを利用し,カラーのディスプレイを三原色ではなく多原色にしようという研究を始めました。多原色ディスプレイができれば,今まで普通のディスプレイでは表示できないような鮮やかな色が出せるようになります。ちょうど研究室ではカラー画像を撮影するときに三原色ではなくて光のスペクトルの情報を取り込めるマルチスペクトル,分光イメージングの研究が始まっていました。そこで,カメラの入力から出力まで三原色RGBにこだわらないシステムを作る大きなプロジェクトがナチュラルビジョンという名前でスタートし,今もそれに関連するテーマの研究を続けています。
 光をスペクトルとして扱う技術の応用分野の1つが,医療関係です。例えば,皮膚科では病変部のほんのわずかな色の違いを見分けないといけませんが,普通の写真で撮ると,皮膚病変の色がよくわからなくなってしまいます。それを,スペクトルを使った写真で撮ると,微妙な色が正確に記録でき,そこに画像処理を応用することで,ある特定の波長の光だけを強調することもできます。そうすると,病変部の部分がくっきりと浮き出てきたり,血管の静脈が見やすくなったりするので,医療関係の応用へと研究テーマが広がっていきました。
 ほかに,病理診断で使われる顕微鏡用の標本は染色して色をつけて観察しますが,そこにもマルチスペクトル技術を応用する研究にも広がりました。もともと病理診断は基本的に顕微鏡を覗いて診断していたのでデジタル技術はあまり使われていなかったのですが,最近はスライドガラスを丸ごとスキャンするデジタルスライドという技術が進歩して,デジタル画像解析が使えるようになってきました。そのような状況を勉強しているうちに,必ずしもマルチスペクトル技術にこだわらず,病理診断の進歩に役立てるための画像解析技術をテーマにすることになりました。
 今,AI やディープラーニングのブームが起きていますが,病理診断の分野はその有望な応用対象として注目されています。そのようなテーマがやりたいという学生も数多く入ってくるので,研究室の中でも柱となるテーマの1つになりました。病理診断に使われる組織や細胞では,3次元的な構造も非常に重要です。ホログラフィーの技術を応用して3次元的な情報を取得し,画像解析に利用することも今後の興味深い課題と言えます。このように,一見ずいぶん異なるテーマに見えてお互いにつながりが出てくるというのも面白いところです。

ホログラムを用いた3Dユーザインタフェイスのデモ

すべての人の言い分をそのまま聞いてはいけない

聞き手:研究・開発をされていくなかで苦労されたエピソードなどがありましたらお話しいただけますでしょうか。また,その困難をどのようにして乗り越えられたのでしょうか。

山口:ホログラムの研究をしているときに,医用画像のデータを使っていましたが,そのデータ形式がベンダーごとに違うので,読み取りに苦労するという問題がありました。そのような背景で始まった共通フォーマットのための標準化のプロジェクトを手伝うことになり,ソフト作りなどを行いました。さらに,その延長線上でセキュリティの問題を扱うことになり,ICカードのプロジェクトに参加しました。
 そのような開発を進めているうちに,東工大の職員証や学生証をICカード化するプロジェクトが立ち上がりました。ICカードによる個人認証を使えば,大学の中の様々な業務をデジタル化して効率的に処理できるようになります。大学の事務局の人たちと一緒にプロジェクトを進めました。いくつかのシステムを導入しましたが,あるシステムでは,3年近くかけて構築・テストを行ったものが,ある理由でそのままでは運用できないことがわかりました。結局そのシステムの運用は諦めることになりました。使われないシステムとなってしまったのです。それは本当に悔しい経験です。その反省点は大きく2つあります。まず,システムの導入にあたってユーザーにヒアリングを行いますが,それぞれの人の要望にそのまま答えようとしたことです。ユーザーからの直接的な意見と,本来全体としてみたときに実現するべき点は必ずしも一致しません。また,本来制度的な仕組みや組織の変革とシステムの導入を一体的に進めるべきところを,既存の組織体制のままソフトの機能や技術的な対策で進めようとしたことが2点目です。その後,大学では執行部が主導して徹底的な議論をしたうえで新しいシステムの導入を決め,そのシステムは現在まで15年近く稼働しています。 コンピューターグラフィックスを用いて計算したダイアモンドのCGH(五十嵐俊亮氏・石井勢津子氏・松島恭治氏との共同研究)

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山口 雅浩

山口 雅浩(やまぐち・まさひろ)

1989年 東京工業大学総合理工学研究科物理情報工学専攻修士修了 1989年 同 像情報工学研究施設 助手 1994-1995年 アリゾナ大学医学部放射線科訪問研究員 1996年 東京工業大学 工学部附属像情報工学研究施設 助教授 2011年 同学術国際情報センター 教授 現在,東京工業大学 工学院 教授,情報通信系担当,副学院長 博士(工学)
●研究分野
光学,画像工学,ホログラフィー,分光イメージング,病理画像解析
●主な活動・受賞歴等
1999-2006年 通信・放送機構(2004年~(独)情報通信研究機構)赤坂ナチュラルビジョンリサーチセンター・サブリーダ兼務 2011-2017年 CIE(国際照明委員会)TC8-07 Multispectral Imaging 技術委員会主査,現在,日本光学会理事,Optical Review 編集委員長,CIE第8部会国内委員会委員長
2010年 Society for Imaging Science and Technology Charles E. Ives Journal Award(論文賞)受賞
2010年 平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)受賞

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