【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

技術の応用には必ず条件がある その制約の中で最適解を考えていくことが大切静岡大学 川田 善正

うまくいかないことでも役に立つときもある

聞き手:研究・開発をされていくなかで苦労されたエピソードなどがありましたらお話しいただけますか。そして,その困難をどのようにして乗り越えられたのでしょうか。

川田:大阪大学からこちらの静岡大学に移ってきたときは,お金もなかったですし,スタッフもおらず一人きりでした。ある意味気楽でしたが,装置もそんなにたくさんあるわけではなく,かといってお金もないので,レーザーなどもなかなか買えませんでした。そこで,人と違うアイデアでやるしかないと,最初は近接場光学顕微鏡の研究に取り組みました。先ほど述べたように光を集光した点というのは,そんなに小さくならず,0.5 μm程度が限界で,それを波長の10分の1にしたいと思ってもできません。しかし,集光を小さくしないと分解能は上がらない。そこで,考えられたのが,小さな穴を通して試料を観察することです。光は穴からしか出てこないため,穴を使って小さなスポットにすることができるのです。それが近接場光学顕微鏡です。ただし,実現はなかなか難しいです。いろいろな人が研究していますが,小さな穴を開けることが難しいとか,画像を撮るためには穴を動かしながら走査していって1枚の画像にしないといけないとか,難しいことが多くあります。
 そこで,私たちは,最初のうちは有機感光薄膜を光強度検出に利用する方法を提案していました。薄膜があり,試料が細かい構造をもっていれば,光を当てたときに,その近くにはそれに応じた強度分布ができます。薄膜を置いて試料をその上に直接載せて光を当てたときに,光が強くあったところがへこむような材料にしておくと,光の強度分布そのままが凹凸分布に変わります。凹凸分布なら読みやすいのです。AFM(原子間力顕微鏡)などいろいろな方法があるので,凹凸分布に変換してしまえば読めます。薄膜に載せて,後は光を当てればいいだけなので,非常に簡単に画像が撮れます。それが最初のテーマで,そこから電子顕微鏡と組み合わせていく方法に発展していきました。
 もちろん,研究ではうまくいかないことも多くあります。しかし,うまくいかないのには理由がありますし,うまくいったとしてもすべてに適用できるわけではありません。必ず条件があり,条件の中で使えるようにするにはどのような応用が必要かを考えながら研究を進めています。一般に広く使えるような方法が発見できたらいいですが,それは簡単なことではありません。ですから,いろいろな制約がある中で,それに対してはこういう方式が使えると,それぞれで考えていくことが大切になります。それがうまく見つけられると,論文や発表につながります。
 あとは,自分だけで考えていてもいいアイデアは出てきませんので,学生や一緒に研究している先生たちとも話をするようにしています。そうすると,こんなのはどうだろうといろいろアイデアが出てきます。学生と話をしていると面白いですね。学会などでも学生をはじめ,いろいろな人の発表を聞いていると,全然関係なく聞こえる話でもこれをうちでやるとしたらどんなことができるかといったことを考えるきっかけになります。

電子線励起型超解像光学(EXA)顕微鏡の構成図


私が光をやるのと,機械工学の学生が光をやるのとでは発想が違う

聞き手:川田先生の研究室では,機械工学(および光工学)にとらわれずに自由な発想で研究を行うことと機械工学(および光工学)にこだわって研究を展開することを伝えていらっしゃいますが,その真意についてお話いただけますか。

川田:学生の中には,自分は機械工学科だから,こういう分野は関係ないという人もいます。しかし,就職してからどんな仕事をするかわかりませんし,機械工学科だからといって機械の仕事だけをやっていればいいわけでもありません。電気の仕事に回されるかもしれませんし,もしかしたら営業になるかもしれません。ですから,学生のうちは自分はこの分野しかないと自分に制限をつけないほうがいいし,あまり専門に捉われないほうがいいと思います。
 そして,勉強は大切です。学生の4年間なり,ドクターまで行っても9年ですが,学生時代に勉強してきたことと,社会人になってから勉強するのとではやはり密度が違います。私は,今は機械工学科が長くなりましたが,もともとは応用物理出身ですから流体はあまりよくわからないですし,熱力学もわからないです。しかし,機械工学の学生はそれを4年間なり6年間なり,時間をかけて勉強してきているので,基礎力がしっかりできています。そういったベースが違うので,私が光をやるのと,機械工学の学生が光をやるのとでは発想が違うのです。
 私のように応用物理出身で光をやっている人はたくさんいますので,私の場合はそういう人たちと競争することになります。しかし,機械出身の人で光をやっている人というのはそんなにはいないので,新しい発想や独自のアイデアを活かすことができます。もちろん,自分の勉強してきたベースは非常に重要ですが,そこから新しい光の分野を勉強すると,私たち応用物理出身者とはまったく違う考え方が出てきたり,機械の知識を使うとこういう式になるといったことが出てきたりします。ですから,たとえ光の研究をするにしても,機械を勉強してきた人は機械の部分は大切にしてもらったらいいと思います。社会に出ると,聞きかじりでは勉強できるでしょうが,学生時代のように時間をかけて基礎からしっかり積み上げていくことは時間的に難しいでしょうから,そこで差が出ると思います。私自身について振り返ってみても,学生のときに勉強したことは基礎になっていますし,それは今も生きています。

開発した電子線励起型超解像光学(EXA)顕微鏡の外観


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川田 善正

川田 善正(かわた・よしまさ)

1992年 大阪大学大学院博士課程応用物理学専攻修了 1992年 大阪大学工学部応用物理学科助手 1995年11月-1996年7月 AT&T(現Lucent Technologies)Bell研究所 1997年 静岡大学工学部機械工学科助教授 2005年 静岡大学工学部機械工学科 教授 2013年 静岡大学電子工学研究所 教授 2017年 静岡大学工学部長
●研究分野
レーザー顕微鏡,3次元結像光学,フォトリフラクティブ光学,3次元光メモリ,非線形光学
●主な活動・受賞歴等
2013年1月~ 2018年12月 ISOM国際会議組織委員長 2015年3月~ 2017年3月 応用物理学会理事 2012年4月~現在 レーザー学会諮問委員 2018年4月~現在 日本光学会理事 2020年5月~ 日本分光学会会長
1997年 応用物理学会日本光学会光学論文賞 2007年 文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門) 2013年 OSA Fellow (Optical Society of America) 2013年 中谷大賞 2019年 静岡大学研究フェロー

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