【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

シンセサイザのように光の優れた性質を自在に操り, 力を極限まで引き出し,幅広く科学技術に貢献したい。電気通信大学 美濃島 薫

光コムが独立して発展してきた科学技術分野を融合した

聞き手:先生の超短パルスレーザーの研究が,現在の光コムの研究にどのようにつながっていったのですか。

美濃島:流れが大きく変わったのは1999~2000年で,米独の物理学者らのチームが,超短パルスを発生するモード同期レーザーを光コムとして用いることに成功したのです。  光コムというのは,周波数軸上で多数の離散的な周波数成分ごとの強度分布(スペクトル)が精密かつ等間隔に並んだレーザー光源です。その形がコム(くし)に似ていることから光コム(光周波数コム)と呼ばれます。規則正しく並ぶくしの歯を数えれば,極めて精密な物差しになります。しかし,それは光コムの特徴の一面に過ぎません。光コムは,周波数という軸で見ると,くしの歯一本一本が一定の周波数で振動する超精密な連続波レーザーですが,時間軸で見ると一瞬だけ超高速に光る,極めて安定に制御された超短パルスレーザーなのです。まさに,これまで相容れないものとして直交して発展してきた科学技術分野が,各々究極を極めると融合できるのだということを,身をもって体験した瞬間でした。
 私の現在の研究は,光の可能性を使い尽くすことに目を向けています。それを「知的光シンセサイザプロジェクト」と呼んでいます。シンセサイザはいろいろな音楽を一台の楽器で作り出すことができますが,その光版だと思ってください。光のすごいところは,単に周波数や強度だけでなく,時間,空間,位相,偏光,コヒーレンス,空間モードなど,多彩な性質をもっていますが,そのすべての光の性質を自由自在に扱う技術が光シンセサイザです。しかも,目的や環境に合わせ光自身が適応し形を変えてくれる。それが知的という意味です。光のもつ圧倒的な高速性と制御性,多次元の高精度性とダイナミックレンジを活用することで,あたかも知的であるかのようにふるまう技術を実現できると考えています。
 知的光シンセサイザプロジェクトでは,光コムの基礎技術の研究から,光コムならではの制御や信号取得技術,そして様々な分野への応用を目指した技術の開発まで,何もないところに一つひとつ点を打ち埋めていき,面として広げ,今やっと山が見えてくるところまで来ました。
 最近の成果として,デュアルコム分光法を利用した磁気光学効果測定装置の開発や,光コムを用いた新しい瞬時3次元イメージング法の開発があります。デュアルコム分光法は,コムの繰り返し周波数(くしの歯間隔周波数)がわずかに異なる2つの光コムを用いて,広帯域の光周波数信号を同時取得する分光手法で,近年注目され研究が盛んになってきてています。これまでの研究では,主に気体の分光分析への応用が示されてきましたが,固体材料の物性評価に世界で初めて成功し,磁性材料の特性評価に必要な磁気光学効果測定装置の開発まで進めました。瞬時3次元イメージングは,微小なものから巨大なものまで様々なサイズの物体の3次元画像を,マイクロ~ナノメートル級の高精度で一瞬に撮影できるというものです。もともとの原理は,計量研に入った当時に考えた,超短パルスレーザーの,いわば虹のボールであるチャープパルス光を測定物にあて,フェムト秒という瞬時のうちに,その奥行き空間情報を返ってくる光自身の遅延時間情報に変換し,さらにその色情報に変換するという瞬時多次元情報変換技術です。3次元形状イメージを光の色画像としてカメラで撮影することができる手法で,1994年に論文を出し,特許を取得したものでした。しかし,当時は高安定な超短パルスレーザーがなかったので,実現にはパルス列でなく単独のパルスのみを用いており,測定範囲が限られるとともに大型で高強度なレーザーが必要でした。この手法を,光コムの力を使って,もう一度自分の手で生き返らせたいと電通大で研究を再開し,精度と範囲と速度を両立させる高性能と小型化を実現し,実用性に優れた技術を開発することができました。 <次ページへ続く>
美濃島 薫

美濃島 薫(みのしま・かおる)

1993年 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 博士課程 修了。博士(理学) 1993年 通商産業省 工業技術院 計量研究所 研究官 1996年 フランス・ボルドー大学 客員教授 2000年 アメリカ・マサチューセッツ工科大学客員研究員 2001年 産業技術総合研究所 主任研究員 2007年 東京理科大学連携大学院 客員教授 2013年 電気通信大学大学院情報理工学研究科 先進理工学専攻(現,基盤理工学専攻)教授(~現在),JST ERATO美濃島知的光シンセサイザプロジェクト 研究総括(~現在)
●研究分野
光コム,超高速光科学,精密計測
●主な活動・受賞歴等
2008年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)
2010年 応用物理学会 第1回女性研究者奨励育成貢献賞(小舘香椎子賞)
2011年 日本学術会議連携会員(~現在)
2011年 CLEO国際会議実行委員長
2013年 レーザー学会論文賞
2013年 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 科学技術への顕著な貢献2013(ナイスステップな研究者)
2014年 応用物理学会フェロー表彰(応物フェロー)
2015年 OSA Fellow表彰 アメリカ光学会( The Optical Society)
2017年 レーザー学会上級会員
2018年 レーザー学会理事
2019年 応用物理学会理事
2019年 2019 Hermann Anton Haus Lecturer, RLE, MIT

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