【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

失敗を重ねながら良い方法を自分で見つけ出す訓練が後に活きる東北大学 波岡 武

実験プランを立てるのも装置を作るのも自分だから欠点もわかる

聞き手:当時の研究過程で,苦労されたことはありますか。

波岡:当時は3年次が卒業研究の年で,田中研で真空紫外分光の研究をすることになりました。光学研究所には,他のどこよりも真空分光器が揃っていましたが,卒業実験では使わせてもらえませんでした。研究テーマは,真空分光器の製作と性能評価になり,ガラスのデシケーターを真空容器にして回折格子真空分光器を作るように言われました。幸いにも,回折格子は理研からいただき,機械工場やガラス細工の技官の方々の助力,先生や諸先輩の助言のおかげで,何とかデシケーターの加工を含め真空分光器らしきものができあがりました。
 実験では,可視領域から200 nmあたりまでは撮れるのですが,それから先はなかなかうまくいきませんでした。試行錯誤の繰り返しでした。この体験から,真空分光器の製作に必要な諸条件は何か,それを達成するには何をすべきか,など,いろいろと学びました。また,自分でプランを立てて装置を作るので,装置の,特に欠点がよくわかります。こうした経験が,後々の研究でたいへん役立ちました。
 1950年の春,田中先生はシカゴ大学のMulliken教授に請われて渡米され,私は研究科へ進み,当時田中先生の助手だった瀬谷正男先生のもとで3 mの斜入射真空分光器で,水素分子のLyman Bands吸収スペクトルの研究を始めました。実験と解析は順調に進み,翌年発表の論文では共著者にしていただきました。
 当時の真空紫外分光の世界の趨勢は,写真測定から光電測定へと大きく傾きかけ,米国のBaird社のradial mountingやフランスのVodar mountingと呼ばれる凹面回折格子モノクロメーターが用いられていました。両者とも,入出射スリットと凹面回折格子をローランド円上に置き,前者では回折格子を,後者では出射スリットを,常にローランド円の上にあるように動かして波長走査をします。ローランド円とは,凹面回折格子の曲率半径を直径とし,格子面の中心Oでの接平面に投影した格子溝に垂直な平面内でO点に接する円です。この仮想的な円上にスリットを置き光を入射すると,同じ円上に,凹面回折格子で分光された鮮鋭なスペクトル像ができます。このローランド円という光学素子の配置法は,1882年にRowlandが考案したもので,それ以来,1950年まで凹面回折格子分光器の設計に際して金科玉条とされていました。
 瀬谷先生も,私も,光電測光用凹面回折格子モノクロメーターに興味があり,上記のモノクロメーターでは波長走査につれて出射単色光の方向が変わるとか,重い単色光実験装置を同時に動かす必要があるなど大きな欠点があり,実用的でないと思いました。打開策を考えようにも,ローランド円配置の信奉者だった私達は,凹面回折格子の結像理論については,まったく無知な状態でした。
 そこで文献を探したところ,理化学研究所に,Beutlerの凹面回折格子の理論を掲載したJ. Opt. Soc. Am.(1945)があるというので,数日がかりで筆写しました。論文を読んでいるうちに,ローランド円配置は鮮鋭なスペクトル像を得るための結像条件を満たす絶妙な特解であることがわかりました。それならいっそのこと,入出射スリットも凹面回折格子もすべてローランド円上に固定し,格子面の中心を通る垂直線の周りに回折格子を回して波長走査すれば,現存するモノクロメーターの欠点を補う単純な形のモノクロメーターになるはずだと考えました。
 凹面回折格子面の中心から両スリットを見込む角度をパラメーターにして,この条件を満たす結像条件の一般解を求めることにしました。出発点ではローランド円配置ですが,波長走査と共に両スリットは,その時点でのローランド円から離れていきます。しかし,ある特定の見込み角度(約70度)では,結像条件を満たす一般解の焦曲線は射出スリットを通り,スリット上で鮮鋭な像を結ぶことがわかりました。
 この理論結果を実験で証明するため,真空紫外用真空モノクロメーター兼分光写真器の試作を計画しました。しかし,瀬谷先生が田中先生のお世話でMITへ行かれ,研究費もほとんどない状態で難航しましたが,資金面では事務長の努力で,製作面では諸先輩の助言や工場の技官方の協力を得てようやく完成させることができました。
 さっそく実証実験を始めました。検流計や光電管など入手可能な検出器を試してみましたが,どれも実用的でなくて困りました。そんな時,田中先生が米国から送ってくださった光電子増倍管1P21で解決でき,種々の分子のスペクトルを写真と光電方式で測定した両者の結果を比較検討した結果,光電測定が正確にスペクトルの構造と強度を示すことが確認でき,理論の正しさを証明することができました。


瀬谷‐波岡モノクロメーター 兼 写真分光器1号機



水素分子のLyman bandsの発光スペクトル
スリット幅:0.1 mm,走査速度:50 Å/min
走査範囲:1600~1070 Å(1 Å=0.1 nm)



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波岡 武

波岡 武(なみおか・たけし)

1950年 旧制東京文理科大学文理学部物理学科卒業 1953年 同科研究科前期3年終了 1953年 東京教育大学助手 1955年 シカゴ大学大学院入学 1959年 同校博士課程物理学専攻終了 Ph. D. in Physics 1959年 米国Kitt Peak National Observatory, Research Associate 1960年 米国AF Cambridge Research Laboratory Project Physicist 1965年 東京教育大学助教授 1977年 東北大学助教授 1980年 同校教授兼高エネルギー物理学研究所教授 1991年 東北大学名誉教授,米国Universities Space Research Association Senior Research Scientist, Center for X-Ray Optics, Lawrence Berkeley Laboratory Affliate Member, University of Maryland Adjunct Professor 1994-97年 米国Naval Research Asian Office Science Advisor 1998-2008年 日本原子力研究機構研究嘱託
●研究分野
真空紫外分光学,軟X線光学
●Optical Society of America Fellow, 日本分光学会名誉会員,日本放射光学会名誉会員

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