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何でもNoと言うNaySayerに負けるな その否定意見を論破できたら成功できる公立諏訪東京理科大学 小林 誠司

やっと一人前になったエンジニアが陥るNaySayer

聞き手:これから光学分野において活躍を目指す若手研究者・技術者,学生に向けて,メッセージをお願いします。

小林:私が30歳になったばかりのころ,カリフォルニア工科大学に2年間留学し,光ニューラルネットワークの研究をしました。例えば,ロシアの戦闘機とアメリカの戦闘機を瞬時に見分けて対応をするというときには超高速のコンピューターが必要ですから, 光を使ったコンピューターを開発しようとする動きがありました。それで,光を使ったニューラルネットワークを作る研究室に入りました。しかし,実際に始めてみると,光の場合は,画像が傾くと認識ができなくなる課題がありました。光は柔軟性がないので,電子回路に負けてしまいました。
 当時,私は若手のエンジニアで,すごく鼻が高くなっていましたから「君たちが言っているのはダメだよ。画像回転したら認識できないではないか」とみんなのダメ出しをして,自分が何でも知っている偉い人になった気になっていたのです。
 そんなとき,となりの研究生から「セイジ,お前はいろいろなことを知っているようだけど, お前はNaySayerだ」と言われたのです。
 NaySayerというのは,何でもNoと言う人のことです。例えば,アメリカの大統領選挙で候補が演説をして「私はこれから税制改革をして税金を安くし,経済を活性化します」と言うと,NaySayerが立ち上がって「そんなことをしたら,財政破綻が止まらないじゃないか」と言う。その候補が「これから税金を高くして財政再建します」と言うと,NaySayerが立ち上がって「そんなことをしたら景気が落ちて財政再建できないだろう」と言う。
 どちらの方針にもNoと言うのは簡単なのです。それがNaySayerだ,お前もNaySayerだ,と言われて衝撃を受け,それから20年間ずっと肝に銘じています。
 特にやっと一人前になった若いエンジニアはNaySayerになりがちです。今回のLPWA無線でも「小林さん,何をバカな無線をやっているの。100ビットのデータなんか使いようがないじゃない。携帯電話のほうがいいんだよ」と言われました。
 私はNaySayerに対して3つの法則を作っています。
 第1法則:NaySayerの言うことは1%の確率で間違っている。
 第2法則:NaySayerからの反論がないプロジェクトは失敗する。
 第3法則:NaySayerの否定意見を論破できたプロジェクトは大成功する。
 これらをSeijiの法則と呼んでいます。欠点を見つければいいのですから,NaySayerになるのは簡単で,解決策を探すほうが大変です。しかも,欠点を指摘しているので99%は正しいのです。ただし,1%は間違っていることがあります。
 LPWAがまさにそれで,「携帯電話に置き換えられるよ」と言われましたが,山の中では携帯電話は使えないのです。また,私がブルーレイの限界を突破するために取り組んだホログラムの技術は非常に難しい技術を組み合わせたものですが,「光ディスクの容量が100倍になります」と言うと誰からも反論はありませんでした。「なるほど,それができるのなら,進めてください」と言われるわけです。第2法則が示す通り,こういうプロジェクトはうまくいきません。
 そして,NaySayerが間違っているのを見つけられたら,そのプロジェクトはうまくいきます。LPWAは50 km先からの電波を都内で受信することに成功しましたが,当初「都内には,電力メーターなど無線発信機が数千万台ある。そうすると,手前から出ている電波が強いので,遠くからの電波はかき消されて,あなたの無線は通用しなくなる。八ヶ岳のような山なら使えるかもしれないが,東京へ持ってきたら使えないので,ただちにやめたほうがいい」と言われました。
 実験してみると確かにその通りで,遠くから送った無線信号は,都内では混信の中に埋もれてしまいました。無線屋さんの間では「遠近問題」として有名な課題だったのです。あなたの技術は机上の空論だと言われ,非常に説得力がありました。しかし,このNaySayerの否定意見を覆すことができたのです。そのために工夫した信号処理の1つが武田先生の論文です。

幾多の不可能を可能にしてきた人は不可能だとは言わない

小林:人の意見を否定するのは簡単ですが,NaySayerにならないでほしいし,Noという人に負けないでほしいです。もしかしたら,Noという人は思い込んでいるだけかもしれませんし,その裏にはその人の思っていない技術があって,突破口があるかもしれません。NaySayerに負けないという気持ちが大事です。
 同じようなことをほかの人も言っています。『2001年宇宙の旅』を書いたSF作家のアーサー・C・クラークは,「高名だが年配の科学者が可能であると言った場合,その主張はほぼ間違いない。高名だが年配の科学者が不可能であると言った場合,その主張はまず間違っている」と言っています。
 私は「高名だが年配の技術者」を「NaySayer」に置き換えていますが,同じことです。実際,幾多の不可能を可能にしてきた人は,滅多に不可能だとは言いません。可能かもしれないと考えるのです。では,どういうときに「不可能である」と言うのでしょうか。「思い込み」があるときではないでしょうか。その場合,「思い込み」を打ち消すことができたら,不可能が可能になります。
 コンピュータービジョンやロボット工学分野の世界的権威であるカーネギーメロン大学の金出武雄先生は「どんな研究も,始める前は『バラ色』に,始めるとすぐに『行きづまり』か『不可能』に,できてしまえば,『こんな簡単なことでいいのだろうか』と変わっていく」と述べています。
 どんな研究も行き詰まることがあります。そこを乗り越えられるかどうかがポイントとなります。そこではNaySayerに攻撃されます。あるいは始める前から言わるかもしれません。そのときに,乗り越える力となるのが,自分が究めてきた技術です。私も無線の遠近問題でいろいろ考えていたとき,思いうかんだのが35年前の光学技術でした。
 何かをしようとするときに必ず現れるNaySayerに負けないで,皆さんもそれまで培ってきた技術をベースに,ぜひ新たな分野にも挑戦していただければと思います。
小林 誠司

小林 誠司(こばやし・せいじ)

1958年生まれ 1983年 電気通信大学大学院 1983年 大手電気メーカー入社 1989年 カリフォルニア工科大学留学 2018年 公立諏訪東京理科大学特任教授
●研究分野
情報理論,光学技術,ディジタル・アナログ回路
●主な活動・受賞歴等
産学公連携「スワリカブランド」創造事業プロジェクトリーダー

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