【重要】技術情報誌『O plus E』休刊のお知らせ

限界は打ち破ることができないが壁は皆が協力すれば乗り越えられる日本電信電話株式会社(NTT) 篠原 弘道

失敗を糊塗するのではなく 吐露することで前に進める

聞き手:最後に,光学分野の若手研究者や技術者,学生に向けてメッセージをお願いします。

篠原:研究開発にはいろいろなフェーズがありますが,リサーチに近いフェーズは常に良いものが良いのです。世界一の目標を目指す,世界初の目標を目指してやっていく。ただし,マーケットに入っていく段階になると,“技術優位”ではなく“競争優位”を目指さなければいけません。私が会社の中でよく言うのは「ギアチェンジ」です。研究をしているときには,とにかく世界のどこにも負けない,世界一,世界初のものを目指す。しかし,世の中に出していくときには,一度立ち止まって,もう一度目標を設定し直さなければいけません。技術で優位なことと,競争で優位なこととは違うのです。商用化のためには,技術の優位性だけでは足りません。研究段階から商用化の段階にいったときには,ギアチェンジをしなさいと言うのはそういうことです。
 さらに言うと,商用化されて世の中に入っていくのと,普及していくことは違います。最初は世の中に出しても専門家のような一部の人しか使いませんが,普及していけばいろいろな人が使うようになります。そのときには,多くの人が使いやすいものにしていかなければなりません。商用化戦略とは違った,一歩先の普及した状態というのはどういうことで,どういうお客様が使うのかを踏まえて目標設定をしていくことが必要になってくるのです。私が今日お話ししたかったことは,技術そのものを磨いていくのと並行して,そうしたことがいかに重要であるかということです。
 研究開発は,世界一,世界初という恰好で磨いていく部分と,商用化の段階でギアチェンジをすることに加えて,途中の段階でいかにこのマーケットが広がるかという観点で見て,オープンマインドでやっていけるかというのが大事です。矛盾して聞こえるかもしれませんが,自分自身で強い思い込みを持って研究に邁進していくという部分と,オープンマインドでいろいろな人と接して,自分の持っている技術のポテンシャルをさらに広げていくことにもチャレンジしていく。そして,しかるべきタイミングになったら,競争優位から価値優位へというように,目標設定をギアチェンジして見直してもらえたらと思うのです。
 それから,もう1つ研究者に伝えたいのは,研究というのはチャレンジしているわけですから,失敗する確率が絶対にあるということです。失敗がまったくない研究はあり得ません。失敗がまったくないのはチャレンジしていないか,よほど運がいいかです。私は研究開発はチャレンジなので,失敗はつきものだと思っています。
 人間が大きく育つかどうかは,失敗に対してどういう態度を取るかによります。私はよく若手に「失敗を糊塗するのか,吐露するのかどっちなのだ」と言っています。糊塗してしまうと,方向を変えられません。なぜなら,失敗をしていないことになっているからです。失敗したと白状してしまえば,方向は変えられます。失敗を認めることはどんな人間でも嫌ですが,本当に自分の実力を発揮できるようにするためには,失敗は失敗でしっかり認めることを習慣づけないといけないし,組織運営という意味では,失敗をちゃんと吐露できるような環境作りが必要なのです。
 研究者にとって,粘り強くやるのもとても大事ですが,粘り強くやることと重箱の隅をつつくことは違います。できるなら,結果が導くインパクトが大きいものを粘り強くやっていかないと,やっている間にいろいろ環境が変わって,気がついたら重箱の隅に行っていて,それでは価値がないことになります。また,粘り強くやることと朝令暮改は両立すべきだと思っています。粘り強くやるのは,周りを見ずに盲進してやることではありません。どこかのタイミングで変えていかなくてはいけないのだったら,朝令暮改と言われようと何と言われようと,英断を持ってやっていくのも必要です。
 そうやって考えていくと,研究開発は技術的な裏づけも大事ですが,心のありようが大事になります。私がお話ししたFTTHの開発の歴史の中でも,心のありようがいろいろ出てきました。焦りや見栄,虚栄心など,いろいろなものがあります。ですから,学生さんを含めて若い人たちは,エレガントな研究開発を覚えるだけではなくて,仕事としてやっていくうえでの心のありようも鍛えて欲しいと思います。
 私がなぜFTTHを実現できたかと言うと,信念があったからです。しかも,人から言われてやる他律は嫌なので,自分で決めようと思いました。ただし,自分で決めると言っても,人の話を聞かないでやっていると独りよがりになってしまいます。ですから,いろいろな人の意見を聞きました。それでも最後は自分で考えを消化して,自分で決めました。そういう心のありようも大事だと思っています。

篠原 弘道

篠原 弘道(しのはら・ひろみち)

1954年生まれ。1978年 早稲田大学大学院・修士課程修了。同年,日本電信電話公社(現 NTT)入社,光アクセス技術の研究開発に従事。アクセスサービスシステム研究所長,情報流通基盤総合研究所長,研究企画部門長を経て,2014年 代表取締役副社長。2018年6月より取締役会長。

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